*ふるーつ・おポンチ〜5*
「いったいどうしたんだよ、カヲル君。」
シンジの質問なんてもはや耳に入ってはいない。カヲルは他人の所有物とは思えない遠慮会釈のなさでマナのポシェットに手を伸ばすと、ちらちら見え隠れするカード状のものを引っつかんで、自分の手元に持ってきた。
「や、やっぱり”ピカチュウのはるやすみ”のテレカだ!!」
自分がタッチの差で買い損ねたテレカを見つけ、目を潤ませるカヲルだったが、勿論マナが黙っているはずがない。瞬時にカヲルの手からカードを奪い返す。
「ちょっとぉ、何するのよ。人のものを勝手に取らないでよ。このテレカは最後の一枚だったんだから。」
どうやら、売店のお姉さんが話していた”カヲルと同じ年くらいのカワイイ女のコというのはマナのことだったらしい。
「え〜、ヒドイや。これは僕が買うはずだったのに〜(;;)。」
「上映時間ギリギリに来ておいて、何ほざいてるんだか。」
カヲルには決して言えないが、心の中で大きくうなずいてしまうシンジ。
「残念だったわね。これはもうワタシのものよ。テレカだけじゃなくて、いずれシンジ君もそうなるのよね。ウフフ。」
「ヤダヤダヤダ〜!このテレカ欲しいよ〜(><)。」
ようやく、いつものようにちょっと挑発的なセリフで自分をアピールしたマナだったが、カヲルには全く通じなかった。今の彼の頭の中はピカチュウテレカのことで一杯。あたかも蝶々を追いかける猫のように、もう他のことはこれっぽちも目に入っていないのだ。
「ねえねえ、それちょうだい。いいじゃん、いいじゃん。」
「・・・・・・・・・譲ってって言うだけでも図々しいのに、いきなりちょうだいと来たわね・・・・・・・・。」
あまりにも己の欲望に忠実なカヲルのセリフにため息まじりでつぶやくマナ。毎度のことながらシンジもすっかり呆れかえっている。
(いつもあんなに霧島さんの悪口雑言を訴えて来るくせして、欲しいものがあると手のひらを返したように哀願とはね。カヲル君、君にはプライドというものがないのかい・・・・・・・・。)
はっきり言おう。皆無だ。・・・・・・・わかってるくせに。
「ちょうだい、ちょうだい。」
尚もしつこくわめきたてるカヲルだったが、さすがに見かねたシンジがそれを遮った。
「カヲル君、いい加減にしなよ。そのテレカは霧島さんが買ったんだから、いくら君が駄々をこねたって無理だよ。」
「え〜、でもこれどうしても欲しいんだもん。」
「僕が迎えに来るまで寝てたくせに何言ってるんだい。そんなに欲しかったのなら、もっと早起きすれば良かったじゃないか。」
うっかりホンネを漏らしてしまったシンジにカヲルの膨れっ面が向けられた。
「ヒ、ヒドイやあ〜(>_<)。僕が整理券貰っておくから、カヲル君はゆっくり寝てていいって言ったのはシンジ君じゃないか〜。」
「だって、その時はカヲル君がそこまでテレカを欲しがってるなんて知らなかったし、いかに限定商品とはいえ、まさかこんなに早く売り切れるなんて思わなかったから・・・・・・。」
まだ封切してから三日しかたっていない。シンジの言い分もうなづけるものがあった。
「とにかく今日のところはあきらめなよ。伯父さんの会社の人に捜してもらえばいいじゃないか。」
カヲルから聞かされたときには、脱力感しか押し寄せてこなかった方法だったが、この場を収めるためにやむなくシンジは採用してしまった。
「・・・・・・・うーん・・・・・・・でも、見つかるかなあ・・・・・・?」
「カヲル君が言ってたように郊外だったらまだまだ残ってるんじゃないかなあ。大丈夫、きっと見つかるさ。」
しかも推奨までしてしまった。胸の奥で伯父キール及びゼーレ商事社員に頭を下げずにはいられないシンジ。
「・・・・・・そうだね。買われちゃったものは仕方ないもん。僕、ガマンするよ。」
「わかってくれたんだね、カヲル君。春休み中には何とかなるといいね(^o^)。」
思ってたよりすんなりとカヲルが言うことを聞いてくれたので、シンジはほっと胸を撫で下ろした。
「でも、もう一度だけテレカ見せてよ。霧島さん。」
と思ったのも束の間、未練がましいこのセリフ。マナはポシェットを両手で抱えてすでにガード体勢に入っている。
「イヤよ。」
きっぱり拒絶。おそらく見せるだけでは済まないと確信しているようだ。正しい判断だろう。
「どーしてそんなイジワルいうのさ〜。見せるくらいいいじゃん。」
なおも粘るカヲル。
「ねえ、一目でいいから見せてよお〜。お願いだから。」
しつこい。
「シンジ君からも頼んでよ。」
しかも他人まで巻き込むか。
「霧島さんだってシンジ君が頼めばイヤとは言わないよ、きっと。」
こういうときだけものを考えるらしい。
「え・・・・・・・・そ、そんなことは出来ないよ。だってテレカは彼女の買ったものだし・・・・・・・・。」
「だからそこをチョイチョイと上手く説明してさあ。」
「で、でもさ・・・・・・・・・・・(^^;;)。」
相変わらず己の目的の達成しか考えていないカヲルにシンジはどう答えてよいのかオロオロするばかり。
「だいたいどーして霧島さんがポケモンの映画を見に来てるんだい。しかも”ピカチュウのはるやすみ”のテレカまで購入するなんて、どー考えたって変だよ。」
カヲルの口から考えるという単語が発せられたことについつい目頭を熱くしてしまったシンジ。しかも核心を突いたなかなかいい質問である。
「べ、別にいいじゃない、そんなこと。」
うろたえるマナのポシェットをよく見るとカヲルが買ったものと同じ絵葉書やレターセットが入っているではないか。事ここに至り、シンジは全てを悟った。
「・・・・・・・・・・・・・霧島さん・・・・・・・・・ホントにポケモンのファンなんだね。」
シンジにこう言われてしまってはさすがのマナも逃げ切れない。
「・・・・・・・・そうよ。」
小声でポツリと一言。
「ど、どうして霧島さんが・・・・・・カヲル君なら納得だけど・・・・・・・(^^;;)。」
「だってだって女のコはカワイイものがスキなんだもん(><)。」
もはや開き直りとさえ取れるマナの受け答え。
「うわ〜い☆やっぱりそうなんだ〜!!」
しかし、思わぬところで同好の士を発見してカヲルは大喜びだ。まわりの観客の迷惑を顧みず飛び回っている。
「・・・・・・・・・・・・・・仕方ないわね。」
無邪気に嬉しがるカヲルの様子に苦笑しつつ、マナが言った。
「でも、ホントに見せるだけだからね。」
「うわ〜い!!やったあ!!!!!ヽ(^0^)ノ」
カヲルは2、3度躍りあがって、全身で喜びを表わしている。
「霧島さんっていいとこもあるんだねえ。もうイジワルで陰険で鬼のような女のコだと思っていたけど、僕、誤解していたみたいだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・始めから誤解のしっぱなしだったみたいね・・・・・・・・・・(ーー;;)。」
あまりにも率直なカヲルのセリフにもはや怒る気にもならないマナ。
「ご、ごめんね、霧島さん。カヲル君には別に悪気はないんだよ・・・・・・。ただ・・・・・・・。」
おぽんちだから言っていい言葉と悪い言葉の区別がつかないのだ。頭に浮かんだことをそのまんましゃべってしまう。
「別にシンジ君が謝ることないのよ。むしろシンジ君は被害者ですものねえ。」
そう言うとマナはポシェットの中からテレカを取り出した。
「はい、これでいい?」
「やったあ!」
瞳を輝かせ、穴のあくほどテレカを見つめるカヲルにシンジも微笑するしかなかった。
「もっと近くで見たいな〜。」
「贅沢いわないでよ。見せてあげただけでも感謝して欲しいものだわ。」
「だって絵柄が小さいからよくわかんないんだもん。」
「同じ図柄、雑誌の広告に山ほど載ってたわよ。」
「そうだったっけ?僕あんまり本読まないから。あ、もちろんポケモンの漫画は欠かさず見てるよ〜♪」
あと一月足らずで高校に入学する身としてはちょっち、いや相当恥ずかしい内容のセリフを堂々と言い放つカヲルをいつものことながらため息まじりで見守るシンジ。
「じゃ、もうしまうわよ。」
「あ!!ちょっと待ってよう。もう少し見せてくれたっていいじゃん。」
予想通り食い下がるカヲルだったが、マナはもはや相手にしていない。さっさとカードをポシェットの入り口に突っ込もうとする。その手をカヲルがぎゅむっと捕まえた。
「な、何よう。」
考えてみればカヲルがマナの手を握っている状態なのだが、こんな状況下なので色気も何もない。
「もうちょっとだけ見せてよ。ねっねっ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・譲るわよ・・・・・・・・・・・・(ーー;;)。」
なんと!マナの口からこのセリフ。
「えっ!?ホ、ホント?テレカタダでくれるの〜?わーい、わーいヽ(^0^)ノ!!」
大はしゃぎのカヲル。
「・・・・・・・・誰があげるって言ったのよ?きっちり代金はもらいますからね。」
とうとう根負けしたらしい。
疲れさえかいま見える表情のマナにシンジは心から同情した。
(しかし、ホントにごね得というのもあるんだな・・・・・・・・・。)
振り返れば、カヲルの人生ほとんどそれかもしれない。でも、なぜか憎まれないのはその打算のない天然のおぽんちゆえであろうか。しかし、ごね得でカヲルと結婚させられるのだけは避けたい。心の底からそう思わずにはいられないシンジであった。
「あ、ブザーが鳴った。いよいよ始まるんだね。」
またもや自分の希望どおりになってご満悦のカヲル。早くもポテトチップの封を切り、体勢は万全である。
「さっきも言ったけど、あまり音を立てないようにして食べるんだよ。」
「はーい(^o^)!!」
元気一杯の返事が返ってきた。
「どうだった?」
退屈のあまり上映時間中はほとんど寝ていたシンジだったが、一応お義理で聞いてみる。
「すっごく感動しちゃった。僕、涙が出ちゃったよ。」
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カヲル君。)
ハンカチ片手に涙ぐんでいるカヲルを見て、シンジは言葉を失った。まわりの子供たちでさえ、誰一人泣いてなんかいない。
「シンジ君も感激したよねえ。」
そう言われたってまともに鑑賞していないものを答えようがなかった。
「・・・・・・・・シンジ君、まさか見てなかったんじゃ(ーー;;)。」
相変わらずこういうところだけは妙に鋭いカヲル。いきなり事実を言い当てられてしまい、シンジはしどろもどろになっている。
「あ・・・・・あのさ・・・・・今日早起きでちょっと・・・・・・・(^^;;)。」
「寝てたんだね。まったくどうしようもないね。こんないい映画を見逃すなんて。」
このセリフを授業中いつも熟睡しているカヲルにそのまま返したかった。
しかも、したり顔で言われてしまい、ムカつきも10割増しだ。が、そのときシンジはマナの存在を思い出した。
(そうだ。今日はカヲル君と二人きりじゃなかったんだ。霧島さんだったらきっと僕の言い分を聞いてくれる。ただでもカヲル君とは犬猿の仲なんだし・・・・・。)
そうひらめいたシンジはさっそくマナに話をふってみた。
「霧島さんはどうだった?いくらポケモンのファンだって、映画はしょせん子供用に製作したものだからね。退屈しなかったかい?」
マナの援護に目一杯期待したシンジだったが・・・・・・・。
「何言ってるの?シンジ君。映画見てなかったの?とってもいい話だったのに・・・・・・。」
咎めるような視線がシンジに向けられた。
「・・・・・・・・き、霧島さん・・・・・・・(@@;;)。」
全く予想だにしなかったマナの答えに凍りつくシンジ。
「ポケモンのクローンたちが死ななくて良かったね(^o^)。」
「ホント、あの展開だとサトシたちに倒されちゃうかと思ったわ。」
「どこか新天地でシアワセに暮らすんだよねえ〜。」
「そうね、きっと。人の来ない無人島かどこかでね。」
「ホントはみんなと共存できるともっと良かったのにね。人間の思惑で作り出されたクローンだけど、いったん生まれたからにはおんなじ命だもんね。」
「そーよ、映画でも言ってたじゃない。みんなみんな生き物だって。」
二人の間でむちゃむちゃ話が盛り上がっている。シンジはすっかり蚊帳の外だ。
(・・・・・・・これじゃまるでカヲル君と霧島さんが一緒に映画に来たみたいじゃないか。)
我知らず不機嫌になるシンジ。
(だいたいカヲル君、いつの間にこんなに霧島さんと親しくなってるんだよ。いつだってあいつとかあの女とかまともに名前を呼んだことすらなかったのにさあ・・・・・・。)
その上、二人で談笑しているとその内容はともかく、傍から見る限りでは結構似合いのカップルに見える。その事実がますますシンジを苛立たせた。
(カヲル君は僕と一緒に来たのに・・・・・・・・・・・・・・・。)
振り返れば、いままでこんなことは一度たりともなかった。むしろカヲルのほうが迷惑顧みずに、シンジのあとをいつでもどこでも追いかけて来ていたのだ。そしてシンジの方は、そんなカヲルを時には鬱陶しく感じることさえあった。しかし、今こうしてシンジの存在を無視して、他人と楽しげに語り合うカヲルの姿を見せつけられると、なぜか心中穏やかではいられなかった。
「シンジ君、何ボケッとしてるのさ。帰るよ。」
マナに実費で譲ってもらったテレカを定期入れの中にしまい、ニコニコ顔のカヲル。彼にとっては実に有意義な1日だったようだ。
「じゃあね、霧島さん。今度ポケモン対戦しようね。」
そこまで言うとちょっと表情を引き締めてこう続けた。
「でも、シンジ君は渡さないからね。」
「こちらこそ負けないわよ。4月からは渚先輩は別の学校だし、接触するチャンスは私のほうがずう〜〜〜〜〜〜っと多いんだもんね。」
間髪入れずに応戦するマナ。でも、初対面のときとは比べ物にならないほど、その表情は柔らかだ。
「時間じゃないもん。密度だよ。ねえ、シンジ君。」
言うやいなやカヲルはシンジの腕に自分の腕を絡ませた。
「カ、カヲル君・・・・・・・・よしなよ・・・・・・・。」
口ではそういいながらもいつも通りのカヲルの行動がちょっぴり嬉しいシンジであった。
TO BE CONTINUED
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