*ふるーつ・おポンチ〜6*



「シンジ君、どうしたの?昨日から休み時間のたびにメールチェックしてるみたいだけど。」
「あ、霧島さん・・・・・・・・・・・・・。」
机には新品のポケットボードピュアが燦然と輝いている。しかし、その最新機器の輝きとは裏腹に携帯片手のシンジの表情は冴えなかった。
「そんなの昼休みに1回すれば足りることじゃない。貴重な休み時間を毎回使ってすることじゃないわよ。」
さっきの時間は英語の単語テストがあったにもかかわらず、その予習もしないでメールチェックに勤しんでいたシンジなのだ。
「第一、チェックするごとに10円取られちゃうんだから、何回もするのは不経済よ。」
「・・・・・・・・・レスも書かないといけないし・・・・・・・・。それにちゃんと見てないとメモリ一杯になっちゃうから。」
「え〜、そんなにたくさんメール来てるの?」
マナはちょっと大げさなくらいに驚いてみせたが、例のごとくシンジの態度はどうも煮え切らない。
「そ、それがさ・・・・・・・・・・・・・・。」
「いったい、どうしたっていうのよ〜?」
「これ見てよ。」
そう言ってシンジはメニュー画面の右端のアイコン”受ける”を選び、実行キーを押した。マスコットキャラのひよこがポストから封筒をくわえて嬉しげに戻ってくる。
「カワイイ〜。今度のマスコの方が絶対にラブリーよねえ(*^^*)。」
実は結構ミーハーでカワイイもの好きだということが、先日の映画館で明らかになったマナ。頭上にはあとを三つ浮かせて、メールを運んでくるひよこの姿に大ウケだ。
「げっ!!何?このメールの数は?!」
あっという間に画面の受信リストが一杯になった。スクロールしても延々と受信メールが続く。画面の下にあるメモリ残量はすでに危うい状態だ。
「毎時間毎時間、こんな感じでメールが届くんだ。」
シンジがため息まじりで呟く。
「そのたびにレスつけて次の休み時間に送るんだよ。そうして前のを少しずつ削除していかないとメモリ一杯になっちゃうから・・・・・・・。」
このあたりまで事情を聞いて、さすがにマナはピンと来た。こんな無茶で的外れではた迷惑でおぽんちなことをしでかすのはこの世でたった一人だけだ。
「・・・・・・・・・・・・・渚先輩ね・・・・・・・・・・相手は・・・・・・・・・・・・(ーー;;)。」
言い終わらないうちにマナは画面で差出人の名を確認した。そこには予想を全く裏切らずに、”渚カヲル”という四文字が壮観なくらいずらっと並んでいた。このポケボも、カヲルが無理矢理シンジにプレゼントしたであろうことは想像に難くない。




「・・・・・こんなに出してどうするのかしら。だいたいよくネタが尽きないわねえ。」
「・・・・・ネタなんてないも同然さ。」
力なくそう言うとシンジは実行キーを押して、そのうちの一つを開いた。
”やっほ〜、シンジ君。あなたのカヲル君で〜す(^o^)。ねえ、僕のこと愛してる?  カヲル”
さらにもひとつ開いた。
”シンジ君の世界で一番大切な人って誰かな?もちろん僕だよねえ。 カヲル”
「・・・・・こんなのばっかりなわけね・・・・・(^^;;)。」
「そう、毎日毎時間毎メール、こんなのばっかりさ・・・・・(;;)。」
「・・・・・・・・・いったいどんな返事を書いてるの?」
「・・・・・・仕方ないから適当に話を合わせてる・・・・・。」
「・・・・要するに”僕も愛してるよ”とか”大切なのは君に決まってるじゃないか”とか歯の浮くようなセリフを書いてるわけね・・・・・・。」
あまりにもそのまんまだったので、シンジは沈黙で答えに代えるしかなかった。
「ダメよ、いつもいつもそんな風に渚先輩のペースに引きずられちゃ。シンジ君にはシンジ君の学校生活があるんじゃない。これじゃあ何にもできないわ・・・・・・・。」
そこまで言いさして、ふとマナは気づいた。
「ねえ、渚先輩って学校でこのメール書いてるのかしら?」
「そうだろうね・・・・・(ーー;;)。」
「でも、シンジ君に休み時間に読んでもらうためには、授業中に書かないとどうしようもないわよねえ。」
「そうだろうね・・・・・・(ーー;;;;)。」
「って言うことは学校ではノートも取らずに、ひたすらメールばかり書いてるってことかしら・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・(ーー;;;;;;;;;;)。」
カヲルの高校生活の行く末を心の底から心配する二人。
「ちょっとシンジ君、このポケボ貸して。」
言い終わらないうちに、マナはシンジの机の上からポケットボードを取り、素早くメール作成画面に切り替えた。
「き、霧島さん。どういうつもりなんだい?」
「要するに、こんなこといくらやったってムダだということを思い知らせてあげなければ、ダメってことよね〜(^o^)。」
マナは悪戯っぽく笑うと、馴れた手付きで入力を開始した。



その頃。カヲルは飽きもせずに、続々とシンジへの愛のメールを量産していた。
「あ〜あ、シンジ君のいない学校なんて退屈だなあ。おまけになんの因果かまたもやシンジ君と霧島さんが同じクラスになっちゃうし・・・・・・・。なんだか島流しにあった気分だよ。ぐっすん(;;)。」
ぼやきつつ、また新たな文面を入力している。授業なんてないのと同じだ。あるいは雑音の一種と認識しているのか。前から2列めの席だというのに、カヲルは教科書も開いていない。思えば教科書を開くのは、早弁するときだけだ。ましてやノートなんて机に出してさえいなかった。
「今度はどんなのにしよーかな?」
わくわく顔であれこれいろいろ検討するカヲル。授業はどうした。
「せっかく20種類も登録されてるんだから、顔文字をもっと多めに使ってみよーかな?あ、でも絵文字も捨てがたいなあ〜(^o^)。」
ポケットボードの最新機能をフル活用しようと工夫を凝らすカヲル。それを勉学に・・・・・・・・言うだけムダか・・・・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・ぎさ・・・・・・・・・・・・。」
「?」
「渚カヲル!!」
「ほえ?」
突然名前を呼ばれて、呆けた擬音を発するカヲル。どうやら先生に指名されてしまったようだ。しかし、ノートさえ取っていないカヲルが、現在の授業進行状況を把握しているわけがない。
(ど、どーしよー。)
だが、そこでカヲルは気がついた。
(もし、僕がちゃんと授業を聞いていたとしたって、どうせわかるわけないよね。)
そこまで自分をきちんと把握しているなんて立派!!と手放しで褒める気には到底なれない。
(よし、とりあえずわかりませ〜んってひとことカワイク言って済まそうっと♪)
その場は済むだろうがな。
(仕方ないから、ちょこっと入力を中断してと・・・・・・・・・・・・・・。)
こんな状況なのに、カヲルは全くあせっていない。いつも通りのマイペース。実は案外大物なのかもしれない。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ!?)
のろのろと起立しようとしたカヲルの眼前に、隣席から小さなメモ書きが差し出された。それには”X=18、Y=7”と書いてある。どうやら今、指名された問題の答えらしい。世の中には奇特な人もいるものだ。
(うわ〜、ラッキー♪やっぱ、日頃の行いがいいからだね。)
いくらぽんちなカヲルだって、どうせならカッコ良く正解できた方がウレシイに決まっている。しかもまるっきり努力しないで、そんなオイシイ状況に遭遇できるのだったら、こんな都合のいい話はない。400%他力本願のくせに、カヲルは大威張りで立ちあがった。
「じゃあ、問3の答えを。」
先生の促す言葉を待ってましたとばかりに受けとめ、ぴんと胸を張り、颯爽と問題に答える”デキル奴”に成りきっているかのようだ。すうっと息を吐くと、カヲルは元気良く大きな声で言った。
「は〜い。X=18、Y=7とここに書いてありまあす!!!!!」
あろうことかメモを高々と頭上に掲げるカヲル。次の瞬間、教室中が爆笑の渦に巻き込まれたのは言うまでもなかった。



「ゴメン。結局、君まで怒られちゃったね・・・・・・・・・・。」
カヲルは両手を擦り合わせて、隣席の彼に心から謝意を現わした。当然だ。カヲルのおぽんちな行動のおかげで、受けないでもいい叱責を受けてしまったのだから。とんだ災難だったとしか表現しようがない。
「別に気にすることはないさ。結構面白かったし(^o^)。」
「え〜、僕大真面目だったのに〜。面白いなんてヒドイや〜(><)。」
せっかくの相手の寛容な受け答えをわかっているのかいないのか。でも、カヲルのこんな言い草をも、彼は笑って受け流している。褐色の肌に相応しい精悍な容姿だが、その瞳は優しげだ。
「だけど、隣の席が君みたいな人で良かったあ。これからもヨロシクね。ええ・・・・・・・・と・・・・・・・・。」
初日に自己紹介をしたはずなのに、相変わらずうわの空だったカヲルは何一つ覚えていない。他人のことはもちろん、自分が何を言ったかさえ、忘却の彼方だった。
「ムサシ・リー・ストラスバーグだよ。こちらこそよろしく。渚カヲル君。」
にっこり笑って、右手を差し出すムサシ。カヲルも躊躇うことなくその手をぎゅっと握りしめ、ぶんぶん振った。
「わーい。高校で初めての友達だよ。ウレシイなあヽ(^0^)ノ。そーだ、これからお昼だよね。一緒に屋上で食べようよ。」
ちなみにカヲルは本日4食めである・・・・・・・・・・・。




「あんなに熱心にいったい誰にメールを書いていたんだい?」
「シンジ君に書いていたんだよ!!!!!」
間髪入れずに明るく返すカヲル。
「・・・・・・シンジ君って君の親友?」
「違うよう。恋人だよ(*^^*)。」
「・・・・・・・・・・シンジ君っていうからには、男だと思うんだけどなあ・・・・・(^^;;)。」
「でも、恋人なんだもん( ̄^ ̄)。」
少しも悪びれることなく、堂々と主張するカヲルにムサシも苦笑せざるを得ない。
「皆は変だ、おかしいっていうけど、僕は平気だよ。だってだってホントにシンジ君のこと大好きなんだもん♪」
大口開けて焼きそばパンにかぶりつきながら、究極の真理を主張するかのごとく語るカヲル。
「そーだ。シンジ君からの返事をチェックしなきゃ。楽しみだなあ。愛してるって何回書いてあるかなあ(*^^*)。」
嬉しげに口元をほころばしながら、いそいそとメールチェックをするカヲルだったが、その表情が一気に強張る。それもそのはずだ。到着したメールの差出人は最愛のシンジではなく、全て”霧島マナ”になっていたのだから。
「・・・・・・・・な、なんだよ、これ!?」
あわててメールを開くカヲル。
”ちゃんとノートは取らなくちゃね〜”
”今日の席替えでシンジ君の隣の席になっちゃった、ラッキ〜☆”
”明日は私の手作り弁当をシンジ君に食べてもらうんだもんね♪”
”忘れちゃだめよ〜。高校は落第があるのよね(^o^)”
カヲルのほっぺたが見る見るうちにぷうっとふくらんできた。携帯を持つ右手が小刻みに震えている。
「く、く、く、口惜しいよお〜(><)。」
完全にマナにしてやられてしまった。こうなったからにはこれから先、カヲルがどんなにメールを出そうとも、効果は期待できそうにない。マナがシンジのそばにピタッとついていて、下手すれば速攻で削除してしまうだろう。元々押しの弱いシンジに、マナの行動を阻止することなどまず不可能だ。
「学校が違うってことが、こんなにも二人の距離を遠くするなんて・・・・・・・・・。神様・・・・・あんまりだよぉ〜(;;)。」
がっくりと肩を落とし、へたり込むカヲル。そんな彼が霧島マナという名が目に入った時から、動揺を隠し切れないムサシの様子に気づくはずもなかった。


TO BE CONTINUED


 

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