*ふるーつ・おポンチ〜8*



マナとムサシが顔見知り。それだけでもカヲルとシンジを驚かせるには十分な事実だったが、その上どうやら訳ありらしい。
「何じろじろ見てるのよ。」
自分をまじまじと見つめるムサシの視線をかわすように、シンジたちの後に移動するマナ。
「・・・・・キ、キレイだ・・・・・。」
決して美辞麗句を言うタイプではないムサシが、呟くようにこう漏らした。あるいは無意識のうちに口をついて出てしまったのかもしれない。だが、普通の女のコなら喜ばないはずがないこのセリフを耳にするやいなや、マナの顔つきはますます険しくなった。目が据わっている。
「ちょっと、今更何言ってるの。まさか、こんなんで昔のフォローをしたつもりなんじゃないでしょうね?」
マナの怒鳴り声があまりに大きかったので、並びに来た他の連中までこちらを振り返って見ている。
「き、霧島さん、事情は分からないけど、こんなところで揉めるのはマズイよ・・・・・。」
相変わらず事勿れ主義のシンジは早速マナをなだめに入った。
「シンジ君は黙ってて!!」
だが、マナに一喝されたとたん、だらしなくすごすごと引き下がってしまう。こういう押しの弱さが、カヲルのわがままをも助長しているのだが、本人はそれに気づいているのかどうか。
「いや、別にそんなつもりじゃ・・・・・。俺はただ・・・・・。」
「ただ?!」
こんな険悪な二人の間に割り込むようにカヲルがてくてく歩いてきた。
「ねえねえ、一体どうしたのさあ(^.^)?」
「渚先輩には関係ないのよ。さあさ、あっちへ行ってましょうね。」
子供をあやすようにあしらわれてしまい、カヲルはすっかり不機嫌になる。
「な、何だよ。ヒドイじゃないか、まるでみそっかす扱いでさあ。シンジ君に対する態度と違いすぎるよう〜。ムサシ君は僕のクラスメートなんだからちっとも関係なくないのに〜。」
当然だ。シンジはとりあえず正論を言うかもしれないが、カヲルは的外れなことを堂々と主張して場をかき乱すだけというのは目に見えている。さりとてあまりにも容赦ない拒絶の態度は本人を怒らせて、ますますうるさく付き纏われるだけだ。だからあのようなやんわりとした退場願いとなったのだが、悲しいかなカヲルの方には全くそんな自覚はなく、ぶーたれ顔で恨みがましくマナを睨んでいる。
「・・・・・クラスメート・・・・・それホントなの?」
「そうだよ〜。しかも隣の席なんだから。」
「ふふふふふ。きっと天罰ね。これからの1年、苦労するわよ〜。」
マナは含み笑いをしながら、愉快でたまらないといった風にムサシの方を見た。
「シンジ君、渚先輩を頼むわね。私はもう少しこいつと話があるのよ。」
もちろんカヲルは全然納得していない。ここでいいところを見せようと身の程知らずなことを目論んでいるし、マナたちのやり取りを聞いているうちにピンと来たことがあるのだ。人生の99.89%はおぽんちなカヲルだが、0.11%くらいはぽんちがあるラインをつき破ってしまったため、間違って鋭い見解に辿り着く場合もあった。
「もしかして霧島さんとムサシ君って前付き合ってたの?」
「ええっ(@@)!?」
色恋沙汰には全くと言っていいほど鈍感なシンジはマジで驚きを隠せない様子だ。
「・・・・・1週間だけね。」
もう思い出したくもないといった口調でマナが冷ややかに付け足す。
「そ、そんな・・・・どうして・・・・・(?_?)!?」
客観的に見てもマナとムサシだったら、美男美女のお似合いカップルだ。共に性格だって悪くない。もっとも、それでも上手くいくとは限らないところが男女関係に限らず、人間関係の難しくも面白いところだが。




「ああ〜、わかったあ☆」
大げさにポンと手を叩くカヲル。シンジは予感がした。ここでカヲルに発言させたらとんでもないことになると。正しい意見がニ度続くなんてありえない。いや、前回が偶然当たっていた分、反動でどんな恐ろしいはずし方をするか・・・・・・・・・。考えただけでも全身が鉛のように重くなってくる。
「カ、カヲル君、その話はもうやめようよ(^^;;)。それよりさっき買って来たお菓子でも食べないかい。」
一番効果的であろう食べ物作戦に出たシンジの努力も空しく、カヲルのおしゃべりは止まらなかった。
「ムサシ君が霧島さんに愛想を尽かしたんだあ。あはははは〜、絶対そうだよ。結構キツイ女のコだもんねえ、霧島さんって。」
その上、発言内容はまさにサイアク。シンジは頭を抱え込み、ムサシはさりげなく視線を逸らした。案の定、マナの肩先がワナワナと震えている。「・・・・・・・・・・渚先輩・・・・・・・今のセリフはもうただのおぽんちでは済まされないわよ・・・・・(メ-_-)。」
「カ、カヲル君、謝ろうね。今ならまだ間に合うよ。」
予想通りマナの逆鱗に触れてしまったとオロオロするシンジを尻目に、カヲルは何事もなかったかのように買って来たスナック菓子の封を切って、つまみ始めた。
「でもふぁ、いっひゅうはんはいふらはんでもはやふぎふぁんじゃないの〜?(でもさ、1週間はいくら何でも早過ぎなんじゃないの〜?)」
口一杯にほお張った状態でなおも話を続けるから、何を言っているのかさっぱりわからない。
「・・・・・カヲル君、食べるかしゃべるかどちらかにしたらどうだい(^^;;)?」
「ひゃあはべるよ(じゃあ食べるよ)。」
「・・・・・・・・・・そ、そう・・・・・・・・・・(ーー;;)」
黙々と袋の中身を口に運ぶカヲル。バリバリ、シャリシャリという音だけが妙にけたたましく響きわたった。




「・・・・・ゴ、ゴメン、霧島さんm(__)m。カヲル君も悪気はないんだけど・・・・・。」
だからなおさら人を不快にさせるのである。
「シンジ君が謝ることないわよ。それに当たらずと言えども遠からずっていったところだし。」
マナはもう怒ってはいなかった。口元に笑みさえ浮かべながら言葉を続ける。
「確かに振られたのは私の方。」
「えっ(@@;;)!?ど、どうして・・・・・・・・。しかもたった1週間でなんて。」
もったいない、というセリフを飲み込みつつ、シンジはムサシの様子をうかがった。マナランクの女のコとはそうそうお付き合いできるものではないのに。
「シンジ君だってそう考えるでしょ。だから思い切って理由を尋ねてみたのよ。」
積極的かつ行動的なところは昔から変わっていないようだ。
「そしたらこの男、何て言ったと思う?」
再びマナの顔つきが少々険しくなった。
ブスだからって言ったのよぉ〜(`ヘ´)。信じられる?女のコ相手に。」
ムサシの表情がまずいなあといった感じのまま凍りついた。シンジはあっけにとられて、口が半開きのままだ。何気に聞き流していたカヲルでさえ、お菓子を機械的につまみ上げていた手が止まってしまっている。
「確かにあの頃の私は垢抜けてなかったわよ。体重だって今より5キロも多かったし。でも、自覚があっただけにあの一言でどんなに傷ついたか。」
マナは一旦言葉を切って、ちょっと節目がちになったが、すぐにまた顔をあげて先を続けた。
「でも、今の私はもうあの頃とは違うのよ。ムリのないダイエットと適度な運動でバランス良く痩せたし、お肌や髪の手入れもマメにしてるし、最新流行のチェックもカンペキ。ど〜お?びっくりしたでしょ。ふふふ。」
「・・・・・マナ・・・・・?」
「あんたの暴言は思い出すたび今でも頭に来るけど、今日の”霧島マナ”があるのはあのときのショックがあればこそだもんね。やっぱ女のコはカワイくなくちゃダメなのよ(#^.^#)。」
そこまで言いきるとマナは軽くウインクする。
「ふふふ・・・・・でも、今日再会して後悔したでしょ。ああ、逃がした魚は大きかったって思わなかった?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・あの時は悪かった・・・・・・・。」
「今更遅過ぎよ!!!!!って言いたいとこだけど、私も努力してなかったと思うし、渚先輩の同級生だったらこれからも顔を合わせないわけにはいかないし・・・・・・・・。」
マナは大きく深呼吸をして続けた。
「しょーがない。許してあげるわ。」
「えっ・・・・・・・・・・。」
あまりにもあっさりとお許しが出て、ムサシは拍子抜けした。
「ま、結構たまってたことは言い尽くしてスッキリしたし、いつまでも気まずい雰囲気なのは苦手なのよねえ。それにあれこれ見苦しい言い訳をしなかったところが気に入ったわ。だけど、感謝するのよ。フツーだったら一生恨まれても文句は言えないところなんだから。」
「う、うん・・・・・・・・・。」
「じゃ仲直りの握手ね。」
マナがすっと右手を出す。固唾を飲んで見守っていたシンジもほっと一息ついた。カヲルはまだお菓子を食べるのに夢中だ。すでに袋の8割以上がカヲルのお腹の中に吸い込まれてしまっていた。
(霧島さんは見かけはカワイイけど、中身はむしろ男性的でさっぱりした女のコなんだなあ。)
マナの潔さに感心するシンジだったが、一方でこんな風にも感じていた。
(でも、あのムサシ君が女のコにわけもなくあんなひどいことをいうとは思えない・・・・・・・・・・。何か事情があったんじゃないかなあ。)



「ねえねえ、ムサシ君。」
そこに乱入するカヲル。お菓子を全部たいらげてしまって、手持ち無沙汰になったらしい。シンジは暗い予覚で一杯になった。
「何だい?」
「霧島さんて前はそんなにブサイクだったんだ〜きゃはは(^o^)。見たいな、見たいな。その頃の写真とかないのかい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」(×3)
またもや禁句をあっけらかんと言うカヲルに無言の声でやめれと叫ぶ三人だったが、そんな気配を察する能力など皆無だ。
「でもえらいよねえ。そんな悲惨なことがあったのにいつまでも落ち込んでないで、むしろ発奮材料にして可愛く変身するなんて。」
おや、とシンジは思った。カヲルがまたもやまともなことを言っている。いったいどうしたことだろう。
(おかしいな・・・・・・・・・。こんなしらじらしい正論ばかり語るカヲル君じゃないはずだ。これにはきっと裏があるに違いないぞ・・・・・・・。)
つきあった期間はそれほど長くはなくても、単純なカヲルの行動パターンなどほとんど見切っている。
「だけど、こうやって再会するなんて、単なる偶然にしては出来過ぎだよねえ。きっと縁があるんだよ。仲直りできてホントに良かったなぁ、ふたりとも。(^o^)。」
不気味ににこにこと笑いながら、マナとムサシを交互に見るカヲル。その真意をいち早く察したのはマナだった。
「・・・・・・・渚先輩・・・・・・・ひょっとして私とムサシに寄りを戻させようとしてない?(ーー;;)」
「うん、もっちろん。せっかく霧島さんの昔の彼氏が出て来たんだもん。霧島さんにはそっちと仲良くしてもらって、僕はシンジ君とらぶらぶ〜♪もう非の打ちどころがない作戦だよねえ。」
「ふふん。邪魔者を追い払おうとしてもそうはいかないわよ。」
ウキウキするカヲルに向かって、マナははっきりと言い放った。
「もう全然こいつに未練なんかないもんね〜。今の私はシンジ君一筋なのよ(*^_^*)。」
「ええ〜、そんなあ(><)。」
「渚先輩、わかってないわね。こういうとき女のコの方が気持ちの切り替えは上手いのよ。ウジウジと過去を引き摺ったりはしないの。」
もちろん男女差というよりは個人の性格の問題なのだろうが、マナの表情を見ても言っている内容にウソ偽りはなさそうだ。
「ガ〜ン(@@;;)!!!!!せっかく絶好のチャンスだと思ったのにぃ。」
がっくりとうなだれるカヲルを横目で見ながら、シンジは苦笑している。
(霧島さん、とことん前向きだなあ。僕には到底真似できないや。)




一時は修羅場必至だと覚悟したのに、マナの仕切りで何となく収まってしまった。これで安心して一夜を明かすことが出来そうだ。
「たいした女だなあ、マナは。」
「・・・・・・あ、ムサシ君。」
ムサシの方から声をかけてくるとは思わなかったので、シンジの対応はちょっと鈍めになってしまった。
「俺たちのことで君と渚にも迷惑をかけたね。」
「あ、あのさ、僕なんかが口を挟む問題じゃないとは思うんだけど、あのセリフ、本気で言ったんじゃないよね。」
個人の事情に立ち入り過ぎだとは思ったが、シンジは聞かずにはいられなかった。イヤな顔ひとつせずにカヲルの面倒を見てくれているムサシが、そんな心ない言葉を理由もなく投げつけるとはどうしても考えられない。マナが許してくれたから事無きを得たようなものだが、普通だったら絶交絶縁ものだ。それを覚悟で敢えてそんな発言をした真意が知りたかった。
「・・・・・・・・・何のことかな?」
「あ、あのさ・・・・・・・だから・・・・・・・。」
「あ!!列が移動するみたいだね。行こう、シンジ君。」
主催者側が徹夜用のスペースを用意してくれたようだ。マナとカヲルもすでにそちらへ向かって歩き始めている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
さすがにこれ以上シンジも食い下がることはできなかった。元々強引さは微塵もないタイプなのだ。だけど、シンジは心の中で確信した。
(やっぱり何か言えない事情があったんだ、ムサシ君・・・・・・・・・。)
まがりなりにも一件落着した今、改めてこの出来事を蒸し返すべきなのかどうかは難しいところだ。しかし、いくら許されたとは言っても、根本ではマナに誤解されたままのムサシの立場を考えると、どうにかして彼に名誉回復の機会が与えられないものかなあと、心から強く願わずにはいられないシンジだった。


TO BE CONTINUED


 

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