*試食会*



「ねえねえ、どれがいけると思う?」
日頃に似合わぬ大真面目な顔付きで、眼前の制服姿の少女たちの反応を待ち構えるカヲル。
「う〜ん、そうねえ。」
「このマロンのなんか結構美味しかったけど。」
「だめよ、いくら美味しくても200円越してちゃ。」
「お昼のデザートに230円も出してられないわ・・・・・。」
レジの奥にある事務所兼休憩場所にて、カヲルと3人の女のコたちが顔を付き合わせつつ、率直な感想をあれこれ交換し合っている。思い思いの格好で足を投げ出して座っている彼らの周りにはゼリーやババロア類の空き容器がいくつも散乱していた。今日は六分儀ファミリアマート恒例の新製品試食会の日。ここでの判断が後々の売上に少なからぬ影響を及ぼすとあっては、参加者も真剣に取り組まざるを得ない。彼女たちはいずれも駅前商店街の子女たちで、カヲルと同じ中学の普通部に通っている。学校で出会う機会は殆どないものの、町内会や商店街の行事などで頻繁に同席しているうちにすっかり親しくなったのだ。ちょっと小首をかしげて考え込む仕草を見せる栗色の髪の悪戯っぽい瞳の持ち主は美容室K’sの娘の霧島マナ。以前は家の仕事を露骨に嫌がっていたくせに、最近のカリスマ美容師ブームの到来で、いきなり家のあとを継ぐ気になっているようにミーハーで新しもの好き。でも、その先端の流行りもの情報が最終決断時には威力を発揮している。マナの隣でブラマンジェの最後の一口を名残惜しそうに味わっている腰までの金髪も鮮やかな意志の強さを感じさせる碧眼の少女はブックスSOURYUの娘の惣流・アスカ・ラングレー。帰国子女らしく勝気で物怖じしない気性で、思ったことをズバズバ言うために誤解されることも多いが、根は優しく面倒見もいい。彼女の忌憚のない的確な意見は結論を決めかねている場合、何よりの参考になる。そして、黙々と空き容器を片付けているカヲルと同じ緋色の目をした蒼い髪のシャギーの少女が赤木ナオコの養女のレイだった。いつも寡黙でマイペースゆえ、ややもすると暗いコに思われがちだが、結構多趣味で年に似合わぬことも知っており、イメージに反して引き出しが多い。じっくり付き合うと味の出るタイプかもしれない。客観的で冷静な物の見方に唸らされることもたびたびだった。彼女たちが六分儀ファミリアマートの最強の専属モニターなのだ。少なくともゲンドウの百倍は店のために役立っている。




「カヲル、いつまで油を売っているんだ。そろそろ客が増える頃だぞ。」
間仕切りからゲンドウがむさ苦しい顔を覗かせる。もうじきクラブ帰りですきっ腹を抱えた連中がやってくる時間なのだ。でも、ゲンドウの偉そうな表現がカヲルたちの勘に触ったことは言うまでもない。
「ちょっと店長、油を売っているって何だよ。それじゃまるで僕たちがただ遊んでいたみたいじゃないか。」
「そうよ。私たち、今度の新製品の味見をしてたのよ。」
「貴重な放課後の時間を使って、タダで協力してあげてるのに・・・・・。」
「だいたいオジさんが見た目通り流行に疎いし、若者の好みなんかまるでわからないって言うから、仕方なく私らが力を貸してあげてるんでしょうが。」
日頃、カヲル一人の口撃でも持て余しているのに、4人に口々に非難されてゲンドウには返す言葉もない。
(最初、カヲルがあの娘たちを店に連れてきたときには浮かれたものだったが・・・・・・・・・。)
何しろぴっちぴち(死語)の女子中学生、しかも3人ともタイプは違えどとびきりの美少女である。ゲンドウはカヲルと不適切な関係に陥ってはいるが別にホモというわけではなく、むしろ女好きでしょっちゅういかがわしい風俗店に出掛けてはカヲルに蹴りを入れられていた。その上オヤジらしく、”制服”というアイテムに相当弱かった。だから、カヲルが連れて来た彼女たちを一目見るや、目をらんらんと輝かせ、ついでに鼻の下もだらしなく伸ばしていそいそとお出迎えしたのだった。けれども世の中はそうそう甘くはなく、彼女たちはゲンドウが夢見ていたふた昔以上前の女学生とは遠くかけ離れていた。対面するたび、シカトされたり、笑い者にされたり、悪口雑言を浴びせられるばかり。そもそも清純で楚々とした可愛い女のコがただのぐうたらオヤジに過ぎない自分を慕ってくれることを本気で期待する方が間違っている。
「ま、そろそろ行かなきゃね。いつまでも店長ひとりに店を任しておくのは不安だもんね。」
カヲルにまで馬鹿にするような物言いをされ、ゲンドウは自分の技能を棚にあげて、すっかり気を悪くしていた。ただでも悪人面なのに、ますます凄みが加わっている。
「やだ〜、オジさんの顔、まるでヤクザみたい。」
「そんなこと言ったら本物のヤクザに失礼よ。」
「客商売には最も向かないわね・・・・・。」
カワイイ顔に似合わずこれっぽちも容赦のないセリフに、ゲンドウの目つきはいっそう凶悪さを増した。
「店長、今の顔、最低だよ。笑えとは言わないけど、もっと人間らしい表情が出来ないのかい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(ーー;;)。」
「顔は正視に耐えないし、センスはないし、味覚オンチだし、もう取るとこないわね・・・・・。」
レイの畳みかけるようなとどめの一言。最初はもっとも楽しみにしていたはずの行事が、今やゲンドウにとって、もっともストレスが溜まるひとときと化していた。



「カヲル、本当に修学旅行いかないの?」
アスカにこう切り出されて、傍で聞いていたゲンドウの方が柄にもなく胸がちくりとした。
「うん、仕方ないよ。店をほったらかすわけにはいかないし。」
笑みさえ浮かべて淡々と答えるカヲルがいじらしい。
「残念だわ〜。皆カヲルが参加するって盛り上がってたのに。」
カヲルは校内の女生徒の間でなかなかの人気者らしい。確かにカヲル目当ての常連客が相当数存在しているのは鈍感なゲンドウでも気付いていた。
「またもやこのオジさんが足枷になっているわけ?」
「関わった人全てに迷惑をかけないと気が済まないのね・・・・・。」
3人の美少女のゲンドウに対する眼差しが目一杯冷たい。露骨に責めるような雰囲気を漂わせながらゲンドウに詰め寄ってくる。
「ちょ、ちょっと待て、何もそんな咎めるような表情をせんでも・・・・・。」
「ほんの2.3日くらいカヲルを解放してやれないの?」
「とことん無能なのね・・・・・。」
「誰か別の人を雇ったらいいじゃない。今時二人だけで切り回していくこと自体無理があるわよ。」
口々に自分の主張を斬りつけるように述べる彼女たちにゲンドウはもうたじたじ。しかし、こんな窮状にもかかわらず、いつのまにか目線は接近してくる少女たちの胸元に釘付けになっていた。短めのスカートから伸び伸びと突き出している美脚も捨てがたい。
(む、これは意外に美味しい状況かもしれん。どうせならブラジャーのラインでもちらりと透けて見えんものか。)
どこまでも煩悩に引き摺られているゲンドウ。けれども、そんなスケベオヤジの丸分かりの意図を見抜けないカヲルではなかった。
すぱこーん!!!!!相変わらず小気味良い音が店内にこだまする。
「イテテテテ・・・・・・。お前はまたこんなもんで人の頭を・・・・・・。」
「店長!女のコの胸や太股ばかりに熱い眼差しを注いでるんじゃないよ!!」
注文書片手のカヲルに殴打されても、まだゲンドウは未練がましく彼女たちの胸元のラインから視線を逸らそうとはしなかった。
「どこ見てるのよ!このヒゲオヤジ!!」
「伊達に町内最低最悪の男と言われてないわね〜。」
「ばーさんもつくづく男を見る目がなかったのね・・・・・・・・・・。」
もちろん3人はもはや汚らわしいものでも見るような引き攣った顔つきでゲンドウを見据えている。
「もう、こんな救い難いオヤジだから、僕がついてないとどうしようもないんだよ。」
しかし、セリフの内容とは裏腹に何故かカヲルの表情は生き生きしており、口調も嬉しげなのであった。



「ちょっと待て。私の方がカヲルの保護者なんだぞ。」
そもそも行き場のないカヲルを更生させるために、ゲンドウがこの店に引き取ったはずではなかったか。
「オジさん、カヲルに保護者らしいことしてるの?」
「カヲル、このオヤジに何かしてもらった?」
なんとか抵抗のきっかけを掴もうとしたゲンドウだったが、実際のところ、ゲンドウにカヲルがしてやっているのは濃厚なえっちくらいのものである。
「う〜ん、迷惑かけられただけかなあ。何ひとつ買ってくれないし、休日もどこへも連れてってくれないし。」
といっても、カヲルはこの状態を特に不服だと思っていたわけではない。だが、聞かされた彼女たちは当然そうは受け取らなかった。
「ひっど〜い!!」
「鬼ね・・・・・・・・・。」
「カヲル、こんなとこやめちゃいなさいよ!ママに言ってうちの店で働けるようにしてあげるわよ!!」
込み上げる怒りをぶちまける3人。
「そういうわけにはいかないよ。保護司の冬月先生の紹介でここに来たんだもん。僕、冬月先生にはひどいことしちゃったし。」
「冬月先生ってあの隣町の大学の教授でしょ。」
「あ、オジさんの前の奥さんと再婚したのよね、確か。」
狭い町内。さらに狭い商店街。悲しいかな、こんな小娘にまでゲンドウの離婚劇の顛末は一部始終知られていた。むろん、赤木ナオコとの過去の経緯もである。
「でも、どうしてカヲルにここまで劣悪な環境をセッティングしたのかしら。」
それは私の方が尋ねたいぞとゲンドウは叫び出したかったが、現在の状況では沈黙を守ったほうが明らかに安全だろう。ところが少女たちはゲンドウが無抵抗なのをいいことに思わぬ要求をして来た。
「せめて休みの日に出かけるくらいしてもいいんじゃないの?」
「そうよ、修学旅行にも参加させないんだから、そのくらいはすべきよね。」
夜な夜なもっといいところにイカせてやってるんだと喉まで出かかったが、もちろん・・・・・・・・やめた。
「し、しかしな・・・・・・・・・。」
カヲルは別にそんなことを望んでないと切り返そうとしたゲンドウだったが、当のカヲルにそのあとのセリフを遮られてしまった。
「そうだね、たまにはどこかへ連れてって欲しいなあ。」




「なっ・・・・・・・・・お前、いったい何を・・・・・・・。」
「そんなに驚くようなことじゃないよ、休日に外出したいって言ってるだけじゃないか。」
「日曜なんかどこへ行っても混んでるし、疲れるだけだぞ。」
「平気だよ、若いもん。」
一晩中やりまくっても次の日にはすっかり回復してるんだから、と心の中でこっそりと付け足してみる。
「出かければ金もかかるぞ。」
「馬券をしばらくやめればその位の出費、すぐ取り返せるだろ。」
なんとかカヲルとの外出から逃れようと悪あがきをするゲンドウだったが、全く効果はない。それどころかますます旗色が悪くなってきている。
「オジさん、つべこべ言わないで、来週の日曜にでもカヲルをどこかに連れて行きなさい!!」
来週末が修学旅行なのだ。そしてその日曜はちょうど六分儀ファミリアマートの休日に当たっていた。
「わかったわね、絶対よ!!」
もはや少女たちは命令口調でゲンドウに最終通告を下す。
「私たちが戻ってきて、もしオジさんがカヲルと外出してなかったら、もうこの店の品物は一切買わないわよ。当然皆にもそうするように言うからね。」
「な、何だって!!」
冗談じゃない。そんなことされたらこの店の死活問題だ。アスカとマナは校内でも目立つ存在だし、レイも密かに男子生徒の人気者である。その3人に不買運動でも起こされたら、同調する学生はかなりの数に登るはずだ。決して口先だけでなく、店を窮地に落とし入れる力が彼女たちにはあった。
「・・・・・・・・・止むをえん。今度の休日にはカヲルと出かけよう(ーー;;;;;)。」
ゲンドウはあっさりと白旗を上げた。この程度のことで、店が救われるのなら安いものだ。それに決してイヤなことを無理強いされているわけではない。単に面倒くさがっているだけで、ゲンドウだってカヲルと一緒に出掛けるのも悪くないと心の底では思っていた。
「店長・・・・・・・・・ホント?」
もっとはしゃぐかと思いきやカヲルは拍子抜けするくらい静かに喜びを示した。いや、真に嬉しいからこそ、感極まって、すぐには言葉や仕草に表現しかねるのかもしれない。そんなカヲルの様子を見ていると、誰に指図されないでも早くこうすれば良かったとゲンドウは軽い後悔に襲われた。
「良かった。これで話が纏まったわね。」
「修学旅行の代わりなんだから、どんどんおねだりしちゃいなさいよ。」
「金さえ毟り取っておけば、この先、ヨコシマな考えも起きようがないし・・・・・。」
あくまでカヲルに優しく、ゲンドウに容赦ない娘たち。彼女たちに限らず、商店街の子女(大人も)は誰もがカヲルに好意的で、なにかと気に掛けてくれていた。裏を返せば、それだけゲンドウが信頼されてないということに他ならないのだが。
「ふふ、店長と初めてのプライベートな外出か、楽しみだな(#^.^#)。」
もはや新製品のことも何もかも忘れ、ただただ1週間後のツーショの光景を夢見て顔をほころばすカヲルだった。


TO BE CONTINUED


 

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