ようこそ「レイモンド・チャンドラーの世界」へ

 ようこそ「レイモンド・チャンドラーの世界」へ。

 これまでハードボイルド小説に興味がなかった方が、どんな理由であれ、このサイトを訪れていただけるのは管理人として無上の喜びです。掲示板に「これからチャンドラーを読もうと思うが、何から読めばいいのか教えて欲しい」というような書き込みをいただくと嬉しくて飛び上がりたくなるくらいです(本当に)。

 しかし、掲示板という限られたスペース内で説明するというのもなかなか難しく、常に歯痒いものを感じていました。このページはその部分を少しでもフォローできたら、という主旨の元に作りました。まだまだ不完全な上に、私の個人的な見解ではありますが、少しでも参考になれば幸いです。


ハードボイルドについて簡単に

 ハードボイルド小説はいわゆる古典ミステリーから派生した亜流の一つといえます。

 古典的ミステリーから謎解きの要素を少々削り、その分、事件そのものと同程度、またはそれ以上に登場人物や背景を描く事に力を入れ、リアリティーとドラマ性を追求しようとしているのが特徴です。その結果、度肝を抜かれるようなトリックや思いもよらぬ真犯人が最後の最後に明らかになる、といった事のみに力点を置かない、誤解を恐れずに言えば「大人のミステリー」として結実しました。

 読者の楽しみは、物語を俯瞰しながら文中に巧みに張り巡らされた伏線を辿って推理をするというより、むしろ、作者や主人公と同じ目線で作品世界に入り、時に手に汗を握り、時に痛みを感じながら事件の真相に迫ってゆくという部分にある、これがハードボイルド小説だと私は思います。

 とはいえ、そもそもハードボイルドの定義とは?と問われると、残念ながら私には明確な答えはできません。ハードボイルドは文体だという意見もあれば、主人公のキャラクターにこそ求めるべきだという考え方もあり、要するに人それぞれです。一般的には「客観描写による非情な男たちの物語」ということになるのでしょうが、それを厳密に当てはめようとすると、ハメットのサミュエル・スペードはハードボイルドで、チャンドラーのフィリップ・マーロウはハードボイルドではない、ということにもなりかねません。


長篇から読むか、短篇からか読むか

 これからチャンドラーを読もうと思っているのであれば、是非、長篇から読んでいただきたい。元はパルプマガジン作家であったチャンドラーですので、短篇が面白くない筈はないのですが、それでも「まずは長篇から」というのには理由があります。

 それはチャンドラーが「首狩り(cannibalized=”供食い”や”人肉食”の他に”再利用”の意味がある)」という独特の創作手法、すなわち短篇のプロットを繋ぎあわせて長篇を書くという手法をとっているためです。名作「さらば愛しき女よ」も「長いお別れ」も、先に該当する短篇を読んでいると、オープニングからして「ん?これはどこかで読んだぞ」という事になってしまうのです。

 逆に後で短篇を読めば「これがあの名シーンの元になったのか」「これが大鹿マロイの原型か」と感激する事請け合いです。


最初に読むチャンドラー

 下に長篇全7作を発表順にリストアップしました。タイトルの前の○△×は私が個人的に初読に適しているか否かを判断したものです。特に「プレイバック」は有名な「しっかりしていなければ生きてゆけない。優しくなれなかったら生きている資格がない」というフレーズが登場する作品で、ここから入る方も多いようです。しかし、その前作「長いお別れ(清水俊二訳)」または「ロング・グッドバイ(村上春樹訳)」を読んでいないと理解できない部分があり、あまりお勧めはできません。

 もちろん「大いなる眠り」から順に読んでいただくのが理想ですが、残念ながら双葉十三郎氏の訳があまりに古く、若い読者の語彙との間に大きなギャップがあることは否めません。双葉氏の日本ハードボイルド史に対する多大なる貢献を忘れるものではありませんが、一日も早い新訳が待たれるところです。
 尚、この評価は作品自体の出来不出来を表わすものでは無い事を書き添えておきます。

  ○「大いなる眠り」
  ○「さらば愛しき女よ」
  ○「高い窓」
  △「湖中の女」
  △「かわいい女」
  ○「長いお別れ」「ロング・グッドバイ」
  ×「プレイバック」
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