妙義近くの国道沿いのファミレスの駐車場は、
深夜にも関わらず走り屋達やバトル観戦後のギャラリー達でにぎわっていた。

それもそのはず。
駐車場には群馬の走り屋なら知らない人はいない程有名な、白や黄色やパンダや黒に赤にブルーの車が見事に並んで駐められているのだから。

ファミレスの中ではそのドライバー達が揃って談笑していて、興味津々のギャラリー達がそわそわしながら他の席からこちらの話に聞き耳を立てている。
そしてその中心に、ちょっと困った顔の今日の主役がいるわけなんだけど………







   地味にハーレム!

   ◆1






夜の妙義山、走り屋の車でにぎわう頂上の第一駐車場。

スタート地点で、私たちはシルエイティをアイドリングさせたまま、お祭り気分で合図を待っていた。

「ねえ沙雪、まだ妙義のコースには慣れてないんだけど、沙雪のナビ無しで大丈夫かな」
「何言ってんのよ真子、真子の抜群の運動神経なら大丈夫だって。先行の二台がナビ代わりになってくれるんだから♪」 

今夜はナイトキッズリーダーの中里くんと腐れ縁幼馴染の慎吾との、事実上のナイトキッズ頂上決戦下り一本勝負。
噂を聞きつけた走り屋達が群馬中から集まって、かなりの数のギャラリーで峠はにぎわっている。

中里くんは最近箱根でR32ワンメイクチームのリーダー格に勝利して、連敗を脱出したっていう話が有名になっていたし、それに私たちがそのバトルを追走してビデオ撮影&無線で実況〜♪ なんていう楽しい企画を付け加えてしまったので、余計にギャラリーが多いっていう訳。

「でも沙雪もこんなこと思いつくなんて。あのことがあったから、中里さん気にしちゃうんじゃないの?」
「それも大丈夫。さっき挨拶したとき、もう中里くんの頭にはバトルのことしかないって感じで集中してたし。それに相手は慎吾だしねー」

真子は私が箱根で中里くんを振ったことの影響を気にしているみたいだけど、私としては、逆にこれは中里くんへの罪ほろぼしだったりするのだ。
あの箱根の話が一週間と経たないうちに、群馬中の走り屋連中に広がっていたらしいことに私は驚かされた。中里くんが勝ったという話以上に、勝ったと同時に私に振られたって話が面白おかしく伝わりまくっていた。

あの場にいた私達はバトルのこと意外は誰にも喋ってないし、中里くん本人も振られたことを言いふらす訳が無いから、犯人は簡単に特定できるんだけど。

振ったのはともかく、中里くんが元々走り屋界では有名人だったからこそあんなに噂が広まったので、私が悪いってわけじゃない。でも広まってしまった噂に私が出てきてしまう以上、ギャラリーが集まるこの機会に皆に私たちと中里くん達が“けっこう仲の良い友達なのよ”って所を見せておこうって魂胆なのだ。

碓氷と妙義はお隣同士なんだし仲良くしておきたいじゃない? 中里くんは本当に良い人だしね。好みじゃないのが残念だけど。
て言うか、多分好みだったとしても、慎吾のあの“オレの毅に手を出すなーーー”的オーラはひしひしと感じてたから、やっぱり告られてたとしても振ってたかな? 
慎吾も慎吾で私に中里くんを紹介しちゃってから、私が中里くんに興味持ったんじゃないかって心配してカマかけてきたりしてたけど、私がはっきり中里くんの気持ちを断ったから、浮かれて喋りまくったんだろうなって簡単に想像はついてしまう。
私が、じゃなく中里くんがって所が女のプライド的にムカつくけど、慎吾があんなに誰かに想い入れしてるのは見たことないしね。

ま、中里くんはその辺り全然気づいてない感じで、慎吾も気の毒だけど、あのひねくれた性格を直さない限りは自業自得ってところ。
だって隣の峠の走り屋同士なのに、割りと最近まで私たちが中里くんと接点が無かったのは、慎吾がナイトキッズの下り最速は自分だーーーって言い張ってたから。

速いGT-Rがいるっていう噂は聞いていたけれど、上り専門なんだったら関心ないなって思っていたし。そのGT-Rと慎吾は仲が悪いらしい噂も知ってたから関わらないようにしてたっていうのに。

実際二人に会ってみたら、あの慎吾のウキウキラブラブオーラは何なんだか。しかも中里くんは上りだけじゃなく、あの重いGT-Rで下りも妙義最速。
FRでのドリフトも高度で関心させられたし、しかもあの真っ直ぐって言うか熱いって言うか、でも不器用そうで放っておけない感じ。付き合うとかは別にして、応援してあげたくなっちゃうわよね。


「あ、いよいよみたいね!」
コースクリアの合図が無線に入って、赤いシビックと漆黒のスカイラインGT-Rを取り巻く空気がぴりぴりと緊張に満ちてく。カウントが始まってアイドリングの音が高く響き…
「スタートだよ!距離に気をつけながら!無理はしないでね真子!」
「うん!」
「ゴー!」

タイヤをきしませて、赤と黒のマシンが疾走を始める。弾丸のようなラインで二台が1コーナーに突っ込んでいく。
右手スタートで1コーナー有利だった慎吾と、スタートダッシュ有利のGT-Rの勝負。慎吾がインを空けないラインを取る直前に、GT-Rは大きくシフトダウンして、出口で一気にアウトからインへ。

「!すごい、二人とも」
「二人とも最初っから限界バトルすぎだって」
「沙雪、ちゃんとビデオ録れてる?」
「ばっちりばっちり。あ、実況もしなくっちゃね! えーっと、こちら追走中のシルエィティ♪ 第一コーナー勝負は見事中里くん!慎吾もすごい追い上げ。この先勾配がきつくなるし、細かいコーナーが連続してくるから、軽さで慎吾のシビックが有利になってくるよ」
「庄司くんもすごい突っ込みだね、少し離されてたけど、またコーナーで詰めてきてる」
「重くて曲がらないGT-Rであんだけブレーキング勝負しちゃう中里くんもすごすぎ! でもすごく丁寧に走ってる感じもする。先行二台は四駆とFF、こっちはFRだから、ラインに気をつけてね真子」

コーナーの入り口アンダーで出口オーバーな挙動のGT−Rを、中里くんは下りでも見事に曲げていく。コンパクトな回倒性のシビックもしつこく食いついていくけれど、直線が少しでも続くとGT−Rがぐっと距離を空ける、その連続。
真子も真剣な表情で二台を追走し続ける。先行二台がナビとなって、不案内なコーナーも付いていくことができるけれど、ブレーキングのタイミングは引きずられない方が良い。慎吾はかなりのレイトブレーキングだし、中里くんはかなり早いタイミングで踏んでアンダーを消しにかかる。
「ごめん沙雪、今ちょっとミスっちゃった、離されちゃうかも」
立ち上がりで少し遅れると、距離がかなり広がってしまう。
「あんな二人に付き合いきれないって。無理しないでって言ったでしょ真子」

ペースを落とし君味にかなり距離を取ってコースを下っていく。
その時…途中でギャラリーの中に一瞬見知った顔を見つけてしまった。

あれって………




レースはゴール間近のストレートへ。序盤からの勢いそのままに熱いレースの決着…

「すごい勝負だったけど、今回は中里くんの圧勝って感じだったね!迫力のバトルが見られて、ギャラリーも満足したんじゃない?、まあ私たちも華を添えてあげたし?」
「庄司くんも頑張っていたけどね」
「中里くんは箱根での成長もあった後だしね。ま、慎吾にとっても今は納得な結果でしょ」

ゴール地点の駐車場に私たちも入ってゆくと、中里くんと慎吾が丁度それぞれ降りていく所だった。
すぐ傍にいるこっちには全然意識が向かないみたいで、二人で話始める。
私たちは、近くにいたナイトキッズの連絡係りをしてた男の子に、無線を返したり、録画した映像を確認したり。

「あのー お二人ともお疲れさまっした」
「有名なシルエイティと会えて嬉しいス」
ちょっとガラは悪くてむさ苦しい度が高めだけど、ナイトキッズのメンバーに囲まれて声をかけられてるのも悪くない。

「沙雪さん、真子さん、この後って時間あるんですか?」
「特に予定はないけど何で?」
「国道沿いのファミレスで簡単な打ち上げをやろうってことになったんスよ。今回を機に是非これからも遊びに来てほしいなって…いうか、その、碓氷と妙義の交流をもっと是非」
「話とか聞きたいっス」
「お二人のために場をセッティングさせてもらったんで」
ムサ目な顔を赤くしながらナイトキッズの面々が食事に誘ってくれた。
あー…はいはい。ま、私たちって可愛いから罪よね。
まあ時間もあるし良いか…と思ったとき、ふとあるアイディアが浮かんでしまった。

「あのさ、それってあと四人くらい人数が増えたらダメかな? 男の子なんだけど。他の走り屋で悪いんだけどさ」
「はあ…男っすか」
その子はちょっと残念そうな顔をする。

「慎吾、毅さん、ファミレスの打ち上げなんですけど」
「あ?」
「打ち上げ?」
その時、ようやく二人の世界から脱して私たちに気づいたって感じの中里くんと慎吾がこちらを見てきた。
中里くんはバトルが終わって緊張が解けたせいか、私を見ると困った顔をまだちょっとするし、慎吾はあからさまに嫌そーな顔をしてきた。

「打ち上げなんかするのかよ」
「あれ、高田が話ししてませんでしたか? まあ腹も減るだろうって言うんで、この後いつものファミレス予約席とってあるんですよ」
「はーん、お目当ては沙雪と真子ちゃんなんだろ。判りやすい連中だな、なあ毅」
「え、あ…ああ」
「それで部外者がちょっと入っても構わないですかね?」
「それってオレ達も行くのかよ」
「そりゃ、毅さんと慎吾が今日の主役なんだし」
嘘つけとか悪態つく慎吾にはかまわず、中里くんは「沙雪さんの希望ならかまわないぜ」とか、ちょっと柔らかい声で答えてくれていた。ほんと、良い人だよね、中里くん。(最近中里くんは年上って判明したんだけど、走り屋同士なんだし、君付けでも気にしない気にしない。走り屋の子って皆どっか子供みたいだから)
「ありがと、じゃあファミレスに直接集合ね! 真子、ちょっと上ってくれる?」
「え? うん」

集合場所は私たちも良く知ってるファミレスだったから、時間を確認してから、私たちはシルエイティでコースを上っていった。帰った様子は無かったからまだ居てくれるハズだけど。

さっき見かけたギャラリーは、あのコーナーの先の歩道。

あ… いたいた。


「沙雪…」
「必死に追走してた真子は気づかなかったみたいだけどさ。あ、ここで停めて?」

まだ直接対決は早いかなと判断した私は、驚いてこちらを見ているあの連中よりかなり手前で車を停めて、一人で降りて歩いた。

「はーい♪」
「沙雪お姉! お久しぶりっス!」
「元気そうだね、樹くんv それに拓海くんも、ケンジくんも、…池谷くんも♪」

スピードスターズの四人は驚きながらも、池谷くんを除いた三人は嬉しそうに話しかけてくる。
肝心の池谷は、車から降りてこない真子のことが気になっているみたい。…この様子ならこの計画進めた方が良いみたい。

「あのさ、これからファミレスで簡単な打ち上げやるんだv 拓海くん達も折角だから是非来て欲しいなって思って誘いに来たのよ。走ってるとき見えたから」
「え…でも俺達今回のバトルには関係無いっすよ」
「樹が中里さんを応援しよう!って言い出して来たんで…」
「沙雪おネエが追走するらしいって噂はケンジ先輩から聞いてたんスけど、会えて嬉しいっス!!」

一人能天気な樹くんと、察しの悪い可愛い拓海くんはそのままに、私はケンジくんのわき腹を肘でつんつんとつついた。そして視線を池谷
くんに向ける。
池谷くんの視線の先には…シルエイティの中の…。

「ね? 久しぶりだし、こんな機会じゃないと一緒にご飯とか都合つかなかったりするじゃない…? 中里くんも、秋名のハチロクには会いたがってたし!(←ちょっと嘘だけどまあ良いよね)走り屋同士の交流交流!」

「あー…ああ、そうっすね! ……はい、是非参加を! な?池谷」
そこまで話を振ると、次に察しの良いらしい樹くんが、きょとんとした顔の後、にーーーーッと笑った。
「そうっすね! オレも中里さんの話とか一度で良いから聞いてみたいっスよ!行くだろ?拓海ィ」
「まあ…皆が行くならオレは別に構わないっスけど…」
「今回は、拓海の車で四人で来たんで、勿論四人でお邪魔しますから!」
「良かったv んじゃ、今から皆で行こう」
とにかく池谷くんを逃がさない目的で、拓海くんたちに車を取りに行かせ、私はシルエイティに戻る。


「…沙雪…私」
「真子、偶然とか機会とか、大事だよ。あんたが引きずってなかったらこんなセッティング考えなかったんだからね」
「………」
「ま、私が拓海くんとお話したかったって言うのもあるんだけど♪」
少しおどけて笑うと、真子も表情を柔らかくした。
「何か、さ、見つけられるかも知れないじゃない? あんたが好きになったくらいだから、あのどうしようもなさそうな男でもさ」
「池谷さんはどうしようも無い人なんかじゃ」
「あー はいはい。それはちょっとでも、本人に伝えられたら良いんじゃない?」
真子を傷つけたあの男は正直許せないんだけど、真子も天然だし、池谷くんも一歩引いたところがあるし。ヘンな誤解とかがもしかするとあったのかも…。だから折角のこの機会を利用させてもらおうと考えたのだ。

熱いバトルの余韻の残る峠から、ギャラリー達も夜の空気を楽しみながら散っていく。
だけど、私達のこの会話がまた広がって、
“どうもナイトキッズがファミレスで今夜の打ち上げをするらしいけれど、そこにシルエイティと秋名のハチロクが参加するらしい、ちょっとどんな連中なのか見学しないか”
なんてことになってるなんて、その時には全然気づいてなかったのだった。


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