「その電話番号を貸してくれないか」と赤ヒゲのフロント係は言った。 |
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検証作業の前に |
ところで、『待っている』の検証を進めるにあたり、知っておきたいのが「この日本の名だたる翻訳者たちの解釈が別れるストーリーを、英語ネイティブの読者はどう理解しているのか」です。 それを知る一つの手掛りが1993年に制作されたテレビドラマ『待っている』。”Fallen Angels”というオムニバスドラマの中の一つとして制作された『待っている』は、トム・ハンクスが監督し、アルの相棒役で出演もしています。ほとんど原作に忠実に話は進み、唯一の大きな違いは最後の場面。ことの顛末を電話ではなく、直接ギャングが訪ねてきてトニーに伝えます。この場面では原作で曖昧になっていた様々な事実関係が補足として説明されています。このテレビドラマの解釈も5訳と並べて記載しますので参考にしてみてください。 |
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また、この頁を制作するにあたり、今回紹介する5訳の翻訳者の中で唯一現役の田口俊樹さんから翻訳の経緯やその解釈に至った理由等、貴重なお話をお教えいただきました。それも併せて紹介します。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
検証1 ・ トニーとアルの関係は? | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
イブの素性を知り、ほのかな好意を抱いたトニーはギャングのアルに呼び出されます。アルはイブの男(ジョニー)を追っており、彼らがこのホテルで会うという情報を掴んでいました。アルは1時間以内にイブをホテルの外に出すようトニーに迫り、トニーはそれに同意します。トニーは嘘の約束で時間を稼ぎ、イブを逃がそうとしたのでしょう。 この時のトニーとアルの会話が問題です。トニーの母親の近況を話題にしていることからも、かなり古い付き合いであったことが分ります。しかし、その間柄を巡る解釈が5訳で違うのです。 この二人の間柄が、全体の重く暗くトーンとエンディングに深く関係しているに違いなく、大事な問題だと思います。 二人の間柄に関する5訳の記述内容は以下の通り。
井上訳と田口訳は兄と弟が逆ですが兄弟説、他はただの知り合いという解釈です。ちなみに原文ではトニーとアルの会話の中で、アルがトニーに2度”brother”と呼びかけています。 ここは兄弟説を採りたいところです。イブを守るために自分を犠牲にするだけではなく、実の兄弟の立場も悪くするという葛藤に中で一連の行動をとるトニー、というわけです。また、トニーが最後の電話でショックを受けるシーンにも納得がいきます。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
検証2 ・ トニーはイブをどうしたかったのか? | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
ホテルに戻ったトニーはイブを探しますが見つけられず、代わりにジョニーらしき男がチェックインしたことを知らされます。トニーは14階のジョニーの部屋へ押し入り、ギャングが外で待ち受けていることとイブが隣の部屋で待っていることを伝えます。タイムリミットは1時間。助言に従って逃げることにしたジョニーですが、イブを連れてゆきたい、それが駄目ならせめて一目会いたいと訴えます。 ここでのトニーの受け答えが問題です。 ちなみにイブを連れてゆきたいと言うジョニーに対する、トニーの返答は原文では以下の通り。 "You could take a ride in a basket too," 直截イエスともノーとも言わず、バスケット(業務用の洗濯かご?)を持ち出したことで話がややこしくなっています。 そして5訳の記述内容は以下の通り。
稲葉訳はイブの同行を許可、井上訳はジョニーに任せるという感じですが、マンハント版は婉曲に拒否、清水訳と田口訳はハッキリと拒否しています。この差は大きく、物語の根幹とトニーのキャラクター造形に関わる問題と言えます。トニーがイブの幸せを考えるのであれば、ジョニーと逃げることを許可するとは思えません。また、この後に、せめて会うだけでもと言っているので、同行の申し出は拒否されたと考えないと辻褄があいません。 次のイブとの面会については判断が難しく、井上訳と稲葉訳がおそらく許可、他は曖昧です。しかし、ジョニーがイブと会った後に一人で逃げる保証はどこにもなく、リスクが高すぎるのではないでしょうか。原文の"Don't waste a lot of time, handsome."は、「急いで会ってこい」ではなく「そんな時間はないよ」という拒絶が正しい解釈だと思います。 田口訳で、イブの同行を求めるジョニーに対するトニーの返事「真っ逆さまに地獄に堕ちてもいいのなら」には原文の影も形もありません。田口さんによると、これは英語の慣用句で「一気に破滅する」を意味する"go to hell in a handbasket"を連想させるからとのこと。アルバート・サムスンやパウダー警部シリーズでお馴染みのマイクル・Z・リューインのアドバイスだそうです。また、田口さんはイブとの面会についても「不許可」のつもりで訳したとのことでした。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
検証3 ・ 誰が死んだのか? | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
ジョニーが脱出するための手配を整え1階に戻ったトニーはラジオ室でイブを発見します。ジョニーは結局、イブと会うことはできなかったわけです。イブと他愛ない会話を交わすトニー。その後、車庫係に電話しジョニーが一人で逃げたことを確認します。 そして外から一本の電話がトニーにかかってきます。 電話の男はアルからの伝言だと言って話を始めます。アルたちはトニーがジョニーを逃がすことを見越して待ち伏せしていたというのです。そこで追う側と追われる側で撃ち合いとなり、死者が出たと。 これを聞いたトニーは茫然自失として電話を切るのですが、トニーがこれほどショックを受ける知らせとはどんな内容なのでしょう。実は電話の内容で重要な部分、誰が死んだのかも訳によって違うのです。
田口訳のみ、死亡者はジョニーとなっています。ただし「アルはお前にさよならと言った」「アルはもう誰にも電話をかけることはない」という台詞から、アルも死んだことが推測されます。 この食い違いの原因となった原文は"The guy stopped the big one. Cold. "。The guy(ジョニー)が「大物を仕留めて冷たくさせた」のか「大きな一発をくらって冷たくなった」のか間逆の解釈ができてしまいます。 そこで一つ手がかりとなるのは、電話の主はトニーを責めているように思えないこと。トニーに騙された挙句に相棒まで殺されたにしては、あまりに穏やかです。これは、トニーの行動は彼らの予想通りであり、ジョニーを待ち伏せ、落し前をつけることに成功したことを意味しているのではないでしょうか。アルが撃たれたのは事故であり、トニーは遺族の一人だということです。 以上の理由から私は田口訳を支持します。 "stop"には原則として「殺す」の意味はなく「(弾丸などを)受け止める」と考えるべきであり、「やった」のではなく「やられた」が正しいと田口さん。「この発見にはいささか興奮した」そうです。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
検証4 ・ フロント係の謎の台詞? | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
最後の検証は直接ストーリーには関係ありませんが、物語の終わり、余韻に浸りかけたところに挿入されている台詞だけに、妙に印象に残ります。 電話がかかってきた時にトニーはフロント係に席を外すように指示します。そして電話を終えて呆然としているトニーに、帰ってきたフロント係が不思議な台詞を投げかけます。 最初に稲葉訳を読んだ私は、この台詞の意味がどうしても理解できませんでした。後年、井上訳を読んで初めて納得がいったのです。 ちなみに、この台詞の原文は以下の通り。 "I'm off Friday. How about lending me that phone number?" そしてこの台詞の5つの訳は以下の通り。
正しいかどうかは別として、この台詞を確信を持って日本語に置き換えているのは井上訳だけのように思えます。席を外せといわれたフロント係は商売女絡みの色っぽい話だと勝手に思い込み、自分にも回して欲しいという軽口を叩いた、ということではないでしょうか。田口訳は考えすぎで捻りすぎ、他は意味を保留して直訳で取り繕ったという印象です。 田口訳の「さっきの大金は私があんたから借りたってことでいいかな?」はどうしてこうなったのか。田口さんにお聞きしたところ、当時のスラングで「電話番号」には「大金」の意味があったからだそうです。この解釈にリューインは懐疑的だったものの、翻訳家の故・三川基好さんは支持してくれたそうです。よって、「自信度は60パーセントといったところ」だそうです。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
翻訳の質と読者の質 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
以上、楽しんでいただけたでしょうか。『待っている』には他にも謎のディティールがたくさん存在し、訳文もそれぞれ異なります。 私は今回の作業を通して、翻訳という仕事がいかに個人に依存する大変なものかが少しだけ分った気がしました。完璧な翻訳などというものは有りえないは当然ですが、今回のように原作者が亡くなっている場合は、すべては翻訳者の解釈に委ねられるのです。 私のように英語が苦手な海外小説読者にとって、翻訳者は欠かせない存在です。にもかかわらず、我々は普段、翻訳者の仕事を意識することはほとんどありません。心から申し訳ない気持ちになりました。 「翻訳の質は時代とともに向上している」と言われます。現役翻訳者の不断の努力はもちろんでしょうが、先人達の苦労や試行錯誤の土台も忘れてはならないことも今回の作業で思い知らされました。 また、翻訳の質とともに、そのスタンスも変わってきていることにも気づきました。例えば、『待っている』の一番新しい田口訳とその前の清水訳を比べても、その違いは明らかです。清水訳は概ね原文に忠実で、多少意味が曖昧でもそのままにして、読者に判断を委ね、原文の流れを大切にしているように思えます。対して田口訳はとにかく丁寧かつ親切。リズムを壊さないよう細心の注意を払いながら、読者が転ばないように可能な限りの小石を取り除いている印象です。もしかしたら、翻訳の質の向上は、読者の質の低下に対応した結果なのかもしれませんね。 私はこれからも翻訳者の皆さんのお世話になりながら、たくさんの海外小説を読むことでしょう。これまでよりも少しは翻訳者の皆さんの苦労を感じながら。 最後に、貴重なアドバイスをいただいた田口俊樹さんに限りない感謝を。とても楽しい時間をありがとうございました。 |
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