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    文庫便り

◆平成27年11月号
皆様こんにちは。昨年9月より専称寺文庫にて勤務しております中里と申します。今年で高校3年、進路決定の時期でございます。しかし、私は未だに進路が決まっておりません。周りの方々の助言・アドバイスを頂きながら決めて行きたいと思います。
ちなみに、この専称寺文庫を紹介してくれたのは、私が通っています通信制高校の先生です。先生にこの近辺に働くところは無いかと聞いたところ、「専称寺文庫は、本と触れ合えるし、地元の方たちのコミュニケーションをとるのに良いところだよ」と紹介して頂き、後日、館長と直接お話をして、採用して頂き、地道に仕事内容を覚え、現在に至ります。
話が変わりますが、遠藤館長の第一印象は「ものすごい知識人」だということです。特に、本に関する知識には我々頭が下がります。遠藤館長に1の質問をしたら、10の答えが返ってくる位の物知りな方です。
これからも、館長のタメになる話を頂いて、これからの人生に活かして行きたいと思います。
この先、不定期ではありますが、更新していきたいと思います。
皆様、これからもよろしくお願い致します。
 
(館長が一読したところ、50%割り引いておいて。)
 by 中里 

◆平成24年12月号
 早くも新館開館3年、本館会館10年を迎えようとしている。館長と寺の住職の二足の草鞋での文庫ではあるが、よく継続していけるものだと感心している。最小限の人件費と最小限の新蔵書購入。協力者達の努力、会員さん皆さんの感謝の声に励まされ開館し続けられているのである。玄関口前での毎月100冊の入れ替え小口台車上での閲覧を開始して早や1年。通りすがりの人がちらほら読んでは返すシステムも定着しつつある。中に入って4万冊の文庫、新書に目を通して欲しい。我々スタッフの欲求ではあるが、新会員の増え方より会員さんの利用する教養の高さや、利用の仕方を覚えられてゆく人が一人でも多くなっていく事の嬉しさの方が先立つ昨今である。「そこに本があるから読むんだ」一人でも多くの人が読書する喜びにしたって欲しいとの館長の趣旨が少しずつ叶えられていければ幸いである。スタッフ一同の願いでもある。それこそがこの専称寺文庫の第一義であるからである。館長通信が途絶えているが、文章を書くことの正確性、人を教えるとは口幅ったいとの謙虚な「哲学」出身の館長の人間性が邪魔をしているものと思われる。3年を振り返って一筆書く事を期待している。来年を飛躍の年にしたいものである。第5回の読書会が3月に行われるのは今から楽しみである。
 by 隆二 


◆平成24年11月号
 専称寺文庫をお手伝いして早や5年が過ぎました。館長の開館継続の熱意に応えるべく蔵書目録作りに協力、かつ文庫当番が私の仕事。年に2〜3000点、ダブリ購入以外の本が本棚に並ぶことの嬉しさは私自身の働き甲斐につながるものである。息子まで、この図書館利用のお馴染み会員である事は大いに感謝しながらの毎日である。筑西市役所で市立美術館の仕事をしながらの兼務ではあるが、80歳に今年はなろうとする年齢、ボケないのは本の世界に携わっている為かもしれないと思っている。少しずつではあるが、本の世界と、著作者達の素晴らしさに接する機会が多くなったことは確かだと思う。若い人には敵わないが、館長さんより本の話を聞けるのは何よりの幸せというものである。勉強は一生である。仕事はまもなく手伝えないかもしれないが、生涯現役でいたいものである。
 by 菊池 


◆平成24年10月号
 今月に第4回、専称寺文庫主催による「読書の意義」と、塚越先生を囲んで「論語の話」と銘打っての会合を筑西市合同庁舎で行った。50名を超える盛大なもので、教育関係者他、多数の参加者の顔ぶれで、斉藤氏、野口氏の司会も冴え渡り、好評なうちに午後1時〜4時までの3時間であった。塚越先生の名講義と文庫館長議題も好評であった。この調子で次回も来年3月に行う事が決まった。もっともっと専称寺文庫の存在が知れ渡り、利用者が増えることが期待される。我々スタッフ5名の努力は今後も続けていかなくてはならない。そんな使命にかられた次第。
 by 隆二 


◆平成24年9月号
 私もこの専称寺文庫スタッフとして、早や5年目に入りました。私の作業、蔵書整理も進み、館長の希望通りの「TRC」による蔵書登録のパソコン作業も板について参りましたが、何せ老年のせいか、事務長が6年間で6万冊の整理とは頭が下がる思いです。私の場合は、在宅や週2日の出勤なので無理もありませんが、事務長が六十五歳で作業を開始したのと比べ、私がパソコンを始めたのが七十五歳になってからですから、館長が私如きものをよく採用したものだと思っています。中々若い人の協力者が見つからなかった為との事ですが、今は関さんも加わり、新館開設三年目(文庫開設より9年目)にして14万冊中、整理済みが8万冊という事になると思います。来館者との交流による楽しい時間を過ごせるのも専称寺文庫の特色かもしれません。来年八十歳になろうとしていますが、元気でいられるのも館長のお陰かもしれないと感謝しながらの今日この頃である。
 by 菊池 


◆平成24年8月号
今月は当文庫の会員である野口さんの文を掲載したいと思います。

 私の住む筑西市には不思議な所がある。それも家のすぐ近く、私設の図書館、専称寺文庫と言います。十数万冊の本が有り、無料で貸し出している。それだけでなく、インターネット、ファックス、手紙等の手段を利用しての通信網からの申し込みにより、県内は元より、全国的にまで広げているのだから驚きである。本好きな者にとって大変有難い所です。本といっても十万を越す数となると、その整理と管理、建物、駐車場と、個人の負担は想像を絶する程だと思います。その総てが、住職、遠藤勝三氏の善意の出費と聞いては吃驚である。本好きの者には正に宝の山の感がする。今までに新聞その他の報道機関による紹介はされて要るが、まだまだ利用者の数が少ないと言うよりも「知られて」ないように思います。これは大変残念な事です。私自身も利用については、日が浅く2年程前からです。本を借りる事は勿論、スタッフの方々との雑談も楽しみです。特に事務長は博識な上に、話し上手、聞き上手、その上に色々な情報もいただけるとなると、何よりです。今年八月二十日には、県西合同庁舎に於て専称寺文庫主催による、元、県の教育次長まで勤め論語の研究者でもある、93歳の塚越喜一郎先生を囲んでの講演会を開催。私も参加させていただき、不馴れではありましたが、当日の司会進行を担当させていただきました。内容は「論語を皆で読もう」の題で、多数の参加者と供に有意義な三時間を過ごす事ができました。特に「仁」について、これは愛でしょうか、慈しみ、礼にもとずく自己抑制と他者に対する思いやり、改めて論語の深さと、先生の解説に対する真摯な姿勢に接する事が出来、深い感動を受ける事が出来ました事を感謝します。細事を担当した、斉藤重伸氏、ご苦労様でした。これは少し論語と違いますが、高齢者が楽しく元気に暮らす為の「三昧」について書かせてください。
「一、興味 一、趣味 一、人間味」 三つの味が大変必要です。興味を持つ事。億劫がらず好奇心を持って身の回りの事柄に心を向けて、読書、勉強、自分に対しての最高のプレゼントは、健康と知る事の喜びであったと言った人が有りますが、私もその通りだと思います。「朝に学びて夕べに死すとも可なり」奥深い言葉だと思います。何事にも興味を持つこと。これが出発です。趣味を持つこと。出来るなら、若い時から何でも良いですから仕事とは別にひとつ好きな事を探し、その年代のその時々の友人を作り、それを通しての仲間作り、楽しい人生の自己表現の場として、必要な事だと思います。「三、人間味」優しさ他者への思いやり、ある年齢を過ぎたら、肩の荷を下ろし、欲得を少し離れて広い心を持って、仂く為に、愛するために仂く事が出来たらと思います。最後に塚越先生の解説である、孔子の論語の言葉「堯日」。天命がわからなければ、立派な人とはいえません。道徳的ルールを知らなければ、世の中で生きていく事は出来ません。人の話がわからなければ、人がわかりません。この言葉を最後に添えさせて頂きまして終わりにしたいと思います。
 by 野口武男 


◆平成24年7月号
 7月30日、翔洋学園高校下館センター校の生徒さん15名を引率し、佐藤先生指導による課外授業、専称寺文庫による読書指導を館長主催で行われた事は特筆すべき出来事でした。実はこれが第二回目で、文庫、新書4万冊より好きな本を一冊贈呈するという粋な館長のはからいで二時間余りの授業でした。高校卒業の資格を得る為のものであり、生徒さん達の真剣な取り組みには感動ものでした。私立高校ならではのユニークで何らかの都合で一般の高校を目指すよりは自由で、若者の独自性を生かす、こうした高校が全国にあって良い。又、戦後の山びこ学園など思い出す教育の在り方かなと思わせるものである。本を読む事の辛さや、好きになれない世代の人達であるにもかかわらず、感想文をまとめる佐藤先生の努力には頭が下がるものでした。遠藤館長の面目躍如というところでした。無料貸出文庫が地道に下館に根付く事を祈って7月号の文庫便りとします。
 by 隆二 


◆平成24年6月号
 今年3月より、専称寺文庫のスタッフとして私、関が正式に勤務する事となりました。今までは不定期で手伝いのような感じで来ていましたが、これからは常時2人体制の1人として運営に参加しています。先日、私の妹(高校2年生)が初めて専称寺文庫を利用しました。普段サッカーとファッションの雑誌しか読まない妹に学校の宿題とはいえ、この文庫の中から好きな新書を探してみろとは言ってみたものの、今の受け身でしか勉強のできない学生には少し厳しすぎたかもしれない。だが、自分の頭でモノを考えぬ奴に、成長などありうるのだろうか。進学校の暗記で詰め込むような教育には先が無いのは目に見えている。何も解らん、知ってゆく前の者だからこそ、この文庫の本の海に放り込んでやった。「こういうので良いと思う?」訊く妹に、私はちゃんと答えない事にした。ここでも受け身にさしては、身に付いていくもんも身に付かないからだ。放ったらかして、好きに探させたが言う事は言った。「解らなくても良いから、気になったもんは借りてって、ともかく中身だけは見てみろ。」「字さえ読めれば、だんだん解ってくる。」何から読んでみたら良いのか分からないのは当然だ。迷う事はあっても、これだけの本があれば過ちは犯すまい。自ら歩みを止めぬ限り、勉強には終わりがない。私たち上の兄弟の影響も手伝っていたのか、感化されたと思われる本を自分で5〜6冊選び出して借りていった。結局、家に帰って最後まで手元に残ったのは、自分で選ぶ時に最も気に入った本だった。余計な口を挟むまい。と決めていたが、最後に太平洋戦争で17歳で激戦地、硫黄島で戦う事となった、秋草鶴次さんの自伝「十七歳の硫黄島」を妹に手渡した。今夏、17になる妹に、同年齢で日本兵として戦争に征った時代を自分で知ってもらいたいと思った。あの時代から戦後。民主主義の建前は、福島の原発事故があっても国民の声ではなく、政治家の利権と都合で今日も国は動き続けている。彼らが、この国を考えて椅子に座っているのだろうか。遊びと昼寝で頭がいっぱいな 怠惰な女子高生と、まさか同等とは考えないでおいてあげよう。毎朝、怒鳴り声で叩き起こされている妹の耳には、寝惚けすぎて、その声まで届かない。彼らの耳にも原発反対デモの声も耳に入らないのだろうか。嘆きたくなるこの国に、もう少し深く考えてみる事ぐらいはできるはずだ。17歳のお前に、学校なんかじゃ教えない世の中の片鱗を、この本がいくらでも覗かせてくれる。無知で愚かなほど安穏として怠惰な幸福はない。だが、知識欲と探究心を満たすために、快楽を追求する“本の麻薬”がここにはある。
 by 関 


◆平成24年5月号
 館長が一人で行っている新規購入本が月に200冊程度は増えつつある。それを蔵書台帳へ新規登録するのが私の役割であるが、昨年の7月よりバーコードリーダーを2台Fさんより購入してもらい、TRCのソフトを利用し、登録を進めているのが軌道にのりつつある。文庫の充実への道を歩もうとの館長、事務長の目標に向かっている事は私にとってもやりがいのあるものです。老駆にムチ打って頑張っている現状である。幸い元気な体でいられるのも、この仕事のお陰かもしれないと考えている。週2日の出勤ではあるが、火曜日の定休日以外、毎日開館し続けていられるのは何よりも嬉しい事である。
 by 菊池 


◆平成24年4月号
 梅の花も散り、大型連休にも差し掛かる4月、人事の交流も多く、学年の新旧もあり、新年度の決算期もあり、政治や経済の社会の動きも目まぐるしい4月です。当文庫も新館を開設してから3年目。少しずつではあるが会員も増え、筑西市に根を下ろしつつある現在。私設図書館という自由さも手伝い、多くの人に読書してもらう為、一度に3冊以上借りていく人が増えつつある。会員さんよりの寄贈やら新聞で見たという人から寄贈したいとの要望が3件ほど続いたのには驚いている。館長の判断でなんでも受け取るわけにはいかず、丁重に辞退しているケースもある。NPO法人組織替えへの基礎固めも少しずつ歩みだそうとしている。何せ私設の為、賛助金の受け皿としてのNPO法人の組織替えも何れは必要な時が来そうである。
 by 隆二 


◆平成24年3月号
 3月11日、大震災1周年、くしくも専称寺文庫主催による、第三回読書会の会合となった。今回は斉藤会員の事務局長奮闘よろしく、50名を超える参加者となり、会場も近所の公民館を借り受け、午後1時より4時過ぎまでの有益な会合となりました。黙祷から始まり、地元教育長を始め、1回目からの塚越先生の公演から筑西音頭の披露会、館長を囲んでの図書館の現状と専称寺文庫の12万冊を越える蔵書の内訳及び、利用者の拡充及び、新規会員の募集など、有益な会合でありました。特に塚越先生の「大学」の解説及び、二宮尊徳翁の「代表的日本人」の有り様を論語のやさしい解釈学など、当文庫にも多くの文献もそろっており、原書による解説など、貴重なお話でした。内村鑑三があげた「代表的な日本人」を片手に先生の面目躍如たる講演に、感動を与えるものでした。「大学」の出版記念も兼ねており、益々お元気に活躍されんことを。又8月には、引き続き先生を囲む会となる旨、斉藤事務局長からの話もあり楽しみな会合となりそうである。4時からは館長を囲み、地元教育関係者、定年を迎えられた元教育経験者方が積極的に専称寺文庫を応援するとの嬉しい話など、館長も久し振りに、この図書館を造った事の意義を噛締めた次第。我々スタッフも明るい気持ちで公民館を後にしました。筑西市の広報にも載せるとの事でした。益々多くの人の無料貸出文庫として利用されてゆくことを願うものである。それこそがスタッフ一同のやりがいというものです。

(写真:専称寺文庫館長)
 by 隆二 


◆平成24年2月号
 今月はショックな事が起きました。80歳の山内さんという会員さんの事です。2月19日葬儀に出向く事になろうとは夢にも思いませんでした。山内さんは館長が住職をやっている檀家の一人で、この専称寺文庫の会員第一号であり、この図書館を応援し続けてこられた一人です。大変な読書家で、二年も経たないうちに100冊以上、館長が選択した本を、どの本も他の図書館に無い本だと熱心に読み続けておられました。本文庫が文庫、新書中心4万冊もあることからなのです。単行本、全集には入ってる小説が中心でしたが、文庫で読むことが楽しいんだとの事でした。視力に衰えがなく、幸せな晩年だったと長男さんの報告でした。そのうち膨大な読書帳、蔵書を頂けたらいいななどと考えています。
 by 隆二 


◆平成24年1月号
 昨年一年を顧りみるのが年頭の文庫便りとなりました。昨年は未曾有の東北大震災、大津波、そして原発事故。日本が、日本人が嘗て経験もしてこない歴史的な大革命といってよい。明治維新が第一の革命なら第二の革命は敗戦であり、第三は、この歴史的大惨事と世の知識人は言っている。この茨城県の隣県の出来事だけに、この専称寺文庫も本棚が将棋倒しの目にあい、殆ど4万冊がごちゃごちゃにばら撒かれ、一時は途方にくれた次第。私もJR水戸線が不通やらで復興に寄与できず、菊池会員一家の手助けと宮川会員とその仲間達、関会員の協力は何回書いても言い尽くせないものである。あの3月11日から早や10ヶ月も過ぎようとしている。2012年現地の人々は、さぞや寒い思いをしている事でありましょう。本も不足している事でしょう。館長も頭を痛めております。今年こそは少しでもいい本を選りすぐって贈りたいとスタッフ一同に激をとばしている一月である。
 by 隆二 


◆平成23年12月号
今月は私の方から一言。館長が毎月新書、文庫の購入に合わせ、登録が増えていく事を願って協力して参りましたが、1ヶ月200冊程度しか新しい本は増えず、残りの7割がダブり本なのは残念である。しかし、住職と館長の二足のワラジをこなしていくのには、自ずから求めている本がダブるのはいた仕方のない事なのかもしれない。事務長が中国行きを契機に配送の方法を覚えたのは、私としては初めての経験であり、これが結構やりがいがあるのには面白いものである。私の為に新しい仕事をこしらえてくれているのかもしれない。何れにしても専称寺文庫が続けていければと思うと、やりがいのある毎日である。
 by 菊池 


◆平成23年11月号
 地元(下館)の元教育長塚越先生を招きまして、第二回「塚越先生を囲み」が参加者10名にて新館前の談話室にて開催。現役の教育長も見えられ、第一回ほどとは参加者が減りましたが、続ける意義は大なりと感じた次第。斉藤会員の熱心な幹事役の進行よろしく、塚越先生の豊富な知力と今だに衰えを知らない論語の知識が二宮金次郎の銅像に見られる焚き木を背負い乍らの読書する姿と、その本は「大学」だという指摘など、知る人ぞ知る貴重なお話など、聞いている私たち会員の胸を強く打つものでありました。下館地区には二宮尊徳翁のフォーラムも毎年何十年と続けられており、大勢の支持者が多いことでも知られている為、塚越先生のファンも多いのも一つの特色である。来年は早くも第三回目を継続することを斉藤会員などは張り切っている。専称寺文庫がどういう形にしろ知られることを願っているのは誰よりも館長自身でありましょう。我々スタッフも続けることに意義があるのだと思い頑張っていく覚悟である。
 by 菊池 


◆平成23年10月号
 私設の図書館運営とは何だろうか。無料で貸出し、入館料も無料、皆さんに読書して欲しいの一念である。館長も私財を投げ打っての新館を建設開館と従来から持っている4万冊以上の専門書に3年前の新館開館にあたり、新書、文庫、4万冊を中心にTRCによる蔵書検索登録数を7万冊を整え、早や4年である。2004年にホームページを開設、8年が過ぎている。よくも続けてこられたものである。11月は例年通り読書月間であり、第2回読書会の月でもある。スタッフ4名にて細々と続けてこられたのも館長の並々ならぬ情熱のたまものではあるが、ホームページの「館長便り」がここ1年ご無沙汰なのは残念であるが、せめてこの文庫便りぐらいは継続していきたいと考えています。館長も今年は「館長便り」を書く余裕が出来るものと思います。
 by 隆二 


◆平成23年9月号
 専称寺文庫会員の皆様いかがお過ごしですか?もう秋刀魚で新米食べました?鰯も美味いです。放射線の心配が尽きませんので手放しでは喜べないのが悔しいです。やっぱり子供が美味しいって食べている姿が見たいから、美味しいもの買って帰りたいって思うのに、安全じゃないと思うと美味しいはずの物に手がのびない。心配したらきりがないし、何もできないけど・・・めちゃめちゃ美味しいものを知ってしまった自分、今年は寂しい食欲の秋になりますので、せめて紅葉だけは綺麗に色づいてもらいたいものです。季節と共に姿を変える山々を見ているとまるで魔法をみているようです。と、いうことで今日は魔法の話!!(笑)
 あっ!すみません!何かしら人にしてもらうと自分は何も悪いことをしていないのに、「すみません、すみません」なんでか分からないけど、もうほとんど反射的に・・・(笑)とりあえず謝る文化、みたいな環境で育ったのかな?謝っとけばいいか〜みたいな?謝ったんだから、もういいじゃんって・・・。(本心とは関係なく)すみませんって言えば相手は何もいえないからcommunicationをとらなくて済むし、きっと他の言葉を知らなかったんだなぁっと感謝の心かな?意味もなく謝り続けていると心が疲弊してくるのは本当の話!自分では、謙虚にしているつもりでも、ただ卑屈なだけだったとか。ところが、数年前に出会った友人は何でもかんでも「ありがとうございまーす!」何かあると「ありがとうございまーす!ありがとうございまーす!」(本人に異論もあるかもしれないが、少なくとも俺にはそう思えた)それまでモノマネは恥だ!!と思っていた俺はモノマネ師の能力を隠しながら使っていたんだけど(つまり、モノマネしてませんよーという態度をみせつつモノマネするという高等技術をバレずに使っていたつ・も・り)何故か、友人の懐の広さも手伝ってか露骨にその言葉をマネしはじめた。そこからがひどいんだけども、もう真似するぜ!あからさまにマネしてやるぜと決めた俺は、ほとんど「ありがとうございまーす」の言葉だけで生活するようになる。使い方が間違ってようが何だろうが、とにかく「ありがとうございまーす」怒られても「ありがとうございまーす」褒められても「ありがとうございまーす」もう殆ど反射的に(本心とは関係なく(笑))でも、それが通用しちゃうんだよね不思議と・・・もう本当にこれだけで世の中渡っていけんじゃねぇかーと思ってたもんな、他に言葉はいらないって感じ。マジで言葉は魔法だぜ!
 まぁそんな感じで「アリガトウ」の魔法を手に入れたモノマネ師は本心とは関係なく、というのがダメだよなーと思い、「アリガトウ」と「スミマセンデシタ」の効果的使い分けについて日々修行中なわけです。(ほとんど小学生並み)魔法の修行には相手が必要なので、街行く人々に手前勝手に相手になってもらって頂いておりますが、これからも宜しくお願いします!!授業料は笑い?笑えないかもしえないけど・・・(勝手もいいとこだけど、みんなも勝手にやってんでしょ?なんて毒を吐いたりもする)そうそう、時には露骨にやな顔の魔法も必要かなーなんて思ったりしたり、思わなかったりする。世界は広くて、まだまだ知らない魔法がたくさんあると思うので、できるだけ自分のものにしたいものです。でも、中には人間には荷が重い危険な魔法があるかもしれないから慎重に選ばないとね。
 by 宮川 


◆平成23年8月号
 猛暑という言葉の連続でしたが、涼しい時が訪れ、天候不順にも困ったものである。原発の放射能の拡大による畜産、果物、野菜のセシウム汚染やらで来月の新米にまで影響があったり、海水浴もおちおち出来ない状況とか。東北三大祭は元気を出す為の開催にこぎつけたり、復興の為に日本人全体でたたかっている今年の夏である。専称寺文庫では本を読んでもらうしか手助けが出来ない事ではあるが、会員さんが吉村昭の「三陸海岸大津波」「関東大震災」とか地震関連の本が読まれている現状には大変意を強くしています。特に原発関連の本も沢山ある為、大いに読まれているのには8月の特徴的な傾向である。なんとか暑さに負けず、9月の涼しくなる頃には第一回の読書会開催にこぎつけたいもの。9月25日の13時〜15時に開催する運びとなり、斉藤会員、神原会員の熱心な働きに感謝申し上げる次第である。
2011年8月31日 by 菊池 


◆平成23年7月号
 今月は館長宛へ届いた贈呈本2冊の事を書きたいと思います。1冊は「昔も今も」サマセット・モームの翻訳本の翻訳者自身からの贈呈本(早速専称寺文庫に登録)天野隆司さんのことです。もう一人は「鬼平」でお馴染みの池波正太郎の素人研究家と自ら名乗っている宮沢則雄さんという方から送られてきた「一升桝の度量」の本です。画像を掲載しましたので一々説明もいらないかと思いますが、こうした貴重な交流があるのは何としても2004年から続けてきた賜物と思う他ありません。スタッフ一同、益々張りきっていこうと思った次第。
 
2011年7月31日 by 隆二


◆平成23年6月号
 開館復興後2ヶ月半たった今日この頃、館長が立ち上げた出前本の件と、玄関先へ100冊移動棚にのせ展示したり、三大新聞社が再開館後、度々取材に来てもらった影響も少しずつ実りつつあります。山田さんという会員さんからは、岩波ジュニアの新書1〜100号そろえて専称寺文庫へ寄付して下さった事には我々スタッフ一同感激しております。山田さん、有難う。早速データーベース上へ新規登録後、書棚に並べさせて頂きました。当館には既に50冊は置いてありましたが、半分以上無い本でしたので、館長も大いに喜んでおります。3県(岩手・宮城・福島)の図書館へダブっている新書、文庫を届けてみたいものと館長も言っておりました。
2011年6月30日 by 隆二


◆平成23年5月号
 日曜日担当の神原です。三月十一日の東日本大震災以後、私の頭の中でいろいろな言葉がぐるぐる巡っている。地震、津波、放射能、苦痛、心、いたみ、思いやり、やさしさ、人、友人、いろいろな言葉が、朝目が覚めたとたん、入れかわり、たちかわり出てくる。いろいろな事がありすぎたからだろう。震災当日、北茨城の海沿いで民宿と食堂を営んでいる友人が心配で電話をした。通じない。高齢の母にも電話をした。通じない。元気でいてくれと願いつつ、百回はかけただろうか。でも通じない。次の日、朝四時頃トイレに起きだし、また電話をしていたら、ようやく四時半に北茨城の友人の電話がプルプルプルと鳴った。「やった!生きていた」友人の声が聞こえた。「神原さん、ものすごいことになっています。地獄絵図を見ているようでした。」声が元気だったので安心をし「店はどうした」と聞いたら「一階の食堂と厨房はグチャグチャにやられました。二階の民宿部分は大丈夫で、家族も全員無事です。」との返事でした。後日、高速道路が開通したので友人と二人で北茨城へ行き、大津港の港町入りびっくり。町中がぐちゃぐちゃ、津波の恐ろしさを感じ鳥肌が立ちました。友人の店を見てまたびっくり。店の中と厨房は足の踏み場も無いもので、言葉が出ませんでした。海側のガラス、外壁は破られ、大型冷蔵庫は倒され、食器が足の踏み場もないほど散乱し、イス、テーブルが転がり、魚が腐って悪臭を放っていました。私は友人に言いました。「これは一人や二人でやっても、どうにもならないから手をつけるな。後日、人数をそろえて片付けに来るから、それまでこのままにしておけ」と。どう考えても一人でコツコツやっていては何ヶ月かかるかわからない。気が滅入るだけだ。家に帰ってから、友人の同級生や、彼の音楽仲間、私の友人等に電話で事情を話し、四月三日に北茨城に集まってくれるようにお願いしました。数日後、大工をしている友人より電話があり、「神原さん、この話が口コミで広がり、五十人以上になりそうです。」とのこと。五十人は多すぎるから何とか三十人以内におさえてくれ」と言って電話を切りました。ありがたい話です。四月三日当日、私の友人の作ったおにぎり八十個、けんちん汁大鍋二つ分、その他支援物資を積んで六人で笠間を出発。八時頃現地に着くと、もうみんな集まっていて、総勢二十八人も集まってくれました。それを見た時は、嬉しくて目がかすんでしまいました。皆で仕事の分担を決め、片づけを始めました。皆のものすごいパワーに圧倒されつつ四時を過ぎた頃、片づけが終わり、皆に集まってもらいお礼を言いました。つぎの瞬間一人がギターを弾き、一人がボンゴをたたき、ドゥービー・ブラザーズの「ロング・トゥレイン・ラニング」を歌い始めました。昔からの音楽仲間が大半だったので大合唱になり、皆半泣きで歌っていました。すごい感動的な光景でした。もう一つ感動的だったことがあります。それは子供達です。親に連れてこられた子供が四人、小学生と中学生でしたが、この子供達がものすごく働いてくれた。それを見ていて、こういうことが生きた教育なんだと改めて感心し、子供一人一人と握手をし、頭をなで「一生延命頑張ってくれてありがとう。」と言葉をかけてあげました。皆、はにかみながらも、とてもうれしそうな顔をしていました。最後に皆から預かった見舞金を友人に手渡した時は、ぐちゃぐちゃの顔で御礼を言っていました。私も涙がとまりませんでした。友情、心のあたたかさ、人の持っているパワー、人情を、つくづく感じさせられた一日でした。その後、私は一ヶ月間泊まりこみ友人と二人で、だめになった箇所の修理をたくさんの人達に手伝ってもらいながら直し、ようやく五月十六日新規開店にこぎつけることができました。手伝ってくれた友人達には、本当に感謝です。私もいい勉強になりました。そういうことで今でも頭の中には、いろいろな言葉がぐるぐる廻っています。中心にあるのは「愛」という言葉です。

後日談
二人で約束した事があります。お客さんが戻り、順調に復興したら「ざまあみろ、やったぞ」と大きな声で言おうと。先週、友人より電話があり、近くに来ている作業員が二十名貸切の予約をしてくれたそうです。昼も客が戻ってきてくれたとのこと。次に行った時は「ざまあみろ、やったぞ」と言って二人で抱き合いたいと思っています。「浜庄」がんばれ!

実は言うと、肝心の専称寺文庫も地震で同じ被害に遭い、手伝う必要があったのですが、今回はごめんなさい。
2011年5月31日 by 神原


◆平成23年4月号
 4月に入って、再開館への営みは着々と進み、私は小山市からの通勤の不便さも手伝い、思うように協力出来なかったが、水戸線開通に伴いピッチは早まり、アルバイト代も少なくなり、新規書棚の購入代も20台前後に納まり、もとの位置に出版社別、文庫の2万冊も納まり、4月29日開館の見通しへとこぎつけたのであった。各作者別の分類は開館後でも大丈夫との館長の指示通り、又単行本の分類別設置も日一日と進んでいった。100名程度の会員さんにも再開館へのお知らせも無事記入を終えるところまでこぎつけたのであった。返還本の心配も、少数の人の心配で終えることが出来たのは何よりも嬉しいことでありました。かなりの改善も施し、中央部に机を並るスペースも出来、玄関へ樹木の設置やら、「本の出前」と銘打った企画も少しではあるが、設置できたことは館長の並々ならぬ努力のたまものであった。神原会員の地元での被害やらで、戦力は減ったものの、宮川会員の努力、菊池親子会員の並々ならぬ努力により、棚の倒壊を防ぐ為のハリ渡しも終え、震度6強には十分耐えられるものに仕上がったのである。館長始め、私からもお礼を言いたいと思います。5月の大型連休に再開館出来たことに「バンザイ」と叫びたい心境である。
2011年4月30日 by 隆二


◆平成23年3月号
 私の生涯で、こんな恐ろしい事件に出くわしたのは初めてである。勤務地の茨城県筑西市で6強の地震を経験したことである。午後2時45分頃、東西の横揺れが2度続き、じっと立っていられない「揺れ」なのだ。しゃがみ込んで鉄線の生垣につかまり、目の前の寺の本堂が揺れ、瓦が落ちたり、建物が瓦の重さで倒壊するのではないかと、絶叫にも似た叫び声をあげつつ、じっと目をこらした。幸いにも倒壊は免れたが、その頃、専称寺文庫は書棚が将棋倒しあい、入っていた新書、文庫は全部ごちゃごちゃになり、もとの状態に戻すには半年はかかりそうである。早速、整理にかかり、再開館の準備を始めたが、会員さんの協力には頭が下がるのである。菊池親子の活躍、関会員、宮川会員、勿論私と館長、館長の子息など懸命な活躍中というところ。当分の間の休館はやむを得ざる状態である。目下のところ、再開館の見通しは遠いものと思われる。
2011年3月31日 by 隆二


◆平成23年2月号
 この専称寺文庫に於いても後継者については館長にとっては重大な問題なのでしょう。永年(30数年)かけて集め、書籍を一般に開放するため、図書館を開設したのである。皆に役立てたいとの永年の夢を叶えたのであるから、この私設図書館が末永く引き継がれていく事を望んでいるのは極普通の気持ちであろう。専称寺文庫新館をオープンしてから2年経ち、徐々であるが学識経験者の利用者も増え、亀の如くであるが着実に根を広げているようだ。しかし、館長が日頃云っているように、館長の「私の文庫」から「みんなの文庫」になって開館し続けるのには今一段の利用者の増加、そして開館を支え続ける会員の確保と云う課題が浮上してくると思われる。
2011年2月28日 by 菊池


◆平成23年1月号
 今回は自然について書いてみたいと思います。私は自然の中で遊ぶのが大好きで、出掛ける時は必ず海か、山か、川に行って遊びます。春になるとまず花を楽しみます。冬が終わりに近づく頃になると、素晴らしい匂いのする、かわいい黄色い臘梅(ロウバイ)が咲き始め、それと同時に各家々の庭には、かわいい水仙がポツ、ポツと咲きだします。水仙が満開になると、山のあちらこちらに辛夷(コブシ)の白い花が咲き、それが満開になると次は待ちに待った桜です。桜の時期になると、さあじっと家に居る事はできません。あっちの桜、こっちの桜と、桜を追っかけます。桜は、先にしだれ桜、次にヒメイヨシノ、ヒガンザクラが咲き、最後に山桜が咲きます。山桜が咲く頃になると我が家の年中行事、新緑ツアーの始まりです。まずは、近くの山で新緑と山桜のコントラストを楽しみ、それから栃木県、福島県、山形県と北上して、緑色の世界を満喫します。新緑が終わりに近づく頃、次の年中行事ワカメ取りに海へ行きます。四月末の頃です。若い連中と皆でクソ冷たい海に入り、ワカメを沢山採って、ワカメサラダ、クキワカメ、メカブを食べて皆で楽しみます。四月の海水はとても冷たく、十五分ぐらい入っていると体はガタガタ震え、歯がカチカチ鳴ってきます。冷たいのを我慢してウニも少し取って食べます。採りたてのワカメとウニの味は絶妙です。皆さんにもぜひ味わって頂きたいと思います。

五月の連休中は、私の住いより歩いて十分ぐらいの所にある笠間工芸の丘公園で二百人からの陶芸家が集まり、陶器祭があり、県内外より三十万人の人が集まる大イベントがあり、私も毎日会場でいろいろな陶器を見たり、作家の人達と酒を飲んだり、音楽を聴いたりと楽しみます。この時期、公園内にある芝桜が見事です。梅雨の時期のアジサイも楽しみの一つです。夏は、海と風を楽しみ、各地で行われる花火大会を楽しみます。秋になると、また年中行事、月見ツアーと紅葉ツアーがあり、月見ツアーは9月、10月、11月の満月の次の日に皆で酒を持って海に行き、真っ暗い海から大きなオレンジ色の月が上がり、海面には月の光の道が波に揺れ、キラキラ光り輝き、素晴らしい情景です。紅葉は、山から里に降りてきます。最初は豪雪地帯の奥会津から始まり、県内の太子町で終わります。奥会津の山々が赤、黄、オレンジに見事に染まります。紅葉(もみじ)楓(かえで)漆(うるし)類の赤、黄色、オレンジ色。ブナ等雑木の黄色下にはコケ類の緑と色の洪水です。また秋から冬は、夕日がとても奇麗です。私は毎日夕日が山間に沈む頃、犬と一緒に散歩に行き、日が山に沈むと帰ってきます。夕日が山に隠れた瞬間が最高に美しく、雲の加減により毎日色が違い、とても楽しみです。今月も二十日の日に北茨城の友人の経営する民宿で美味しい刺身(平目、ホウボウ・イカ・タコ・ブリ等)と鮟鱇(アンコウ)を食べ、美味しい日本酒を飲みながら海から上がってくる月を楽しんできました。

先日、専称寺文庫の当番の時、本を読んでいたら面白い文章を見つけたので抜粋します。「人は人工的な都市の生活を楽しめば楽しむほど、自然から遠ざかっていく、自然に親しませることで、自然の素晴らしさ、自然を愛することの大切さを学ぶことができる。それは人を解放的にし、豊かな感受性を回復させる。感じる心を回復し、自然を愛することのできる魂や心の持ち主にならないかぎり我欲も環境破壊もなくせない。」私もその通りだと思います。美しいものを見、自然を愛する気持ちになれば、心が豊になります。皆様も町、都会でばかり遊んでいないで、自然を相手に遊んで心豊かな人間になってください。

最後に一句。
「月影の 至らぬ里は 無けれども 眺むる人の 心にぞすむ」   法然上人
2011年1月31日 by 神原


◆平成22年12月号
 いろいろな事件のあった今年、我々スタッフ5人の頑張りも、もう一息。会員さんの集まり方は、期待ほどには伸びてこない。しかし神原グループの文庫宣伝ポスター作成、および市役所玄関などでの掲示を実施したり、菊池さんのTRCによるデータベース作りや図書館内部の清掃やら目ざましい努力には感謝している。新規購入本や檀家さん故人からの寄贈本の数々、決して歩みを止めたものではない。少しずつ無料貸し出しの効果もみえてきている。相変わらず旺盛な79歳Yさんの読書量、Sさんのような若い人の、ここの文庫しかない本を発掘し読んでくださる会員さんの存在など目だった動きも少なからず見えてきている。文庫だよりも毎月持ち回りで続けられ、インターネットのアクセス数毎日数拾通以上の数にのぼっている。館長の新規購入冊数もコンスタントにつづけられているし、運営資金の方も今の状態で続けられる自信がついたとの館長の言葉もチラホラ。何としても続ける事の大切さ、本を読むことで地域文化発展に少しでも寄与しようという夢の続きは老後にムチ打って頑張っている館長のアイデンティティなのだとの思いを強くいだく者の一人である。NP0法人化など課題は山積みですが館長の言う「私の文庫」から「利用者の文庫」へ少しずつ進めている今日この頃です。
2010年12月31日 by 隆二


◆平成22年11月号
 シェークスピアのハムレットの第一幕の終わりに有名な科白が出てくる。「この世の関節がはずれてしまったのだ。何の因果か、それを直す役目を押し付けられるとは!」この夏以来、立て続けに起きている大阪地検特捜部の事件、尖閣漁船衝突流出ビデオ問題、あるいは警視庁公安部のテロ情報流出事件に対する政府の対応とマスコミの報道を見ていると、まさに現在日本の関節ははずれつつある、と感じる。日本に対して関節技を仕掛けてきたのが、反則技が得意の中国であるとは言え、初歩的な返し技も出来ない日本に鬱屈した空気がび漫している状態だ。はずれた関節を治せないまでも、どのようにはずれているのかを診断するのがジャーナリズムの役割である。尖閣ビデオ流出事件においては、本来マスメディアが果たすべき役割を、一海上保安官が単独行動で実行し、民主党政府を震撼させたが、テレビはユーチューブの映像をそのままたれ流し、犯人探しにやっ気になるという、以前では想像もつかない事態が生じた。他の二件でも個人が「情報」で大組織を根底から揺るがした点においては同様であり、長らく情報を独占し、支配してきたマスメディアの足元がぐらついてきていることを象徴する事態である。今のマスメディアは、はずれた関節を治すどころか、それ自身が一種の病理集団になっているとも言える。専称寺文庫でよく話題にのぼる内田樹は、「街場のメディア論」において、現代のメディアには、最終的な責任を引き受ける生身の個人がいない、と批判する。私もそう感じる。誰も発しても変わらない物事の本質を見極めることのできない言葉の濫を見ているとメディアにいる人間が、特に古典を読み、物事の本質を思考する洞察力を持っていないのではないかと疑いたくなる時がある。専称寺文庫の作業室には、福沢諭吉の「理を得て禄を取ること能はず」と言う言葉が貼ってある。自戒の意味を込めて、見るたびに確かにそうだなと思う。ジャーナリズムに係わる人間は、胆に命じて欲しい言葉である。毎週日曜日に留守番されている神原さんはテレビや新聞は一切見ないようにしていると言う。ジャズをこよなく愛する神原さんは、その嗅覚で現在のマスコミの病理性を嗅ぎわけているのだろう。ジャズに限らず、心を本当に揺さぶる音楽は、その人しか発することができない、血がほとばしるような表現から生まれる。しかしその基礎には、一定の技術と反復練習が必要なのは言うまでもない。それを知性面で行うのが読書である。福沢諭吉の「理を捨て禄を得ること能はず」という言葉は、厳しい現実との戦いと古典を読む事から生まれている。福沢の偉大な業績は緒方洪庵の塾で寝食を忘れて勉強することから始まった。専称寺文庫にはこのような知的要請に応えられるだけの資料は揃っており、次第に面白い人達が集まって来ている。この文庫に課されたものは大きい。
2010年11月30日 by 菊池(2)


◆平成22年10月号
 私はもう10年以上もテレビは見ない、新聞は読まない生活をしています。社会の情報はラジオのニュースで聞いています。現代の人達はテレビ中心の生活を送っていると言っても過言ではないような気がします。私がテレビをみなくなった理由は番組の低俗さと中庸を得ない偏った報道が多すぎるからです。マスコミや世論に流されず、自らいろいろな書物を読み、知識人の話を聞き、自ら考え続けることだけがいろいろな物事の本質に到達する唯一の方法です。大事なことは「懐疑心」を持つことです。「懐疑心は、知性の一つの徳である。」といわれています。本を読んで、書いてあることを鵜呑みにするのではなく多少の懐疑心を持って読めば「問い」が生まれ探求が始まり、自らかんがえるという行動が生じます。この自ら考えるということがとても大事なことなのです。この「何故」から想像を広げ物事の本質に到達するのです。懐疑心の反対は盲信です。盲信は一種の思考の停止です。「専称寺文庫」には文化、歴史、教育、倫理、科学等、知りたいと思う、ありとあらゆる本が必ずあります。より多くの本を読み「懐疑心」を持って自ら考え、是非、善悪の判断をし生活に役立てて下さい。
2010年10月31日 by 神原


◆平成22年9月号
 9月は毎日が猛暑、猛暑であった。この猛暑の中、館長は本職の住職としての仕事をやりその合間に本を求めて東京とその周辺の古本屋巡りをしているのである。この情熱はどこから生まれて来るのだろうか?地域の人々に本を読んでもらいたい,、、いろいろ理由をあげることは出来るだろうが。 30年来本をあつめる、探す楽しさ、探し求めていた本を見つけた時のときめき、普通人には判らない醍醐味があるのだろう。所謂「書籍収集依存症」なるものなのか。慢性化て、付ける良薬はないのである。強制的に集める事をストップされたらノイローゼになると思われる。生涯の仕事なのだと思われる。私はその集めた本の登録(データーベース、作成」するのが仕事である。多い時は1ヵ月1千冊位登録した事もある。   この単純な作業の中で本の題名を見て中身に目を通したくなることもしばしばである。。読者がとびつくような題名もあるし、書名によって読者に、読書欲を左右されることは確かであると思ったりしている。著者が題名のことで、あれや、これやと考えている姿などを浮べたりして作業をしているのも楽しいものである。書名とその内容がこちらの求めていたものと一致したときの嬉しさは何か宝石の原石でも大発見したような喜びに変わるのはみんな同じ気持ちだ思うのである。 
2010年9月30日 by 菊池


◆平成22年8月号
 私は音楽が大好きで一日に一回も音楽を聞かない日は皆無と言っていいほどです。どういうジャンルの音楽を聞いているかというと「ジャズ系」が5割で、そのほかは「ソウルミュージック」「ロック」「レゲエ」「ボサノバ」「ラテン」で基本的にはブラックミュージックを聞いています。若い人達に音楽を教える時に必ず言うことは、音楽は、まず目で見て、体で感じて、最後に耳で聞けと教えます。目で見るとは、コンサートやライブに行って演奏者を見ながらドラムの音、ベースの音を体で感じ、バンド全体から出てくるサウンド(各楽器の音色)を聞き、心で感じることです。この心で感じることが一番大事です。最近の若者が持ってくるCDは「ハウスミュージック」といわれるものが多いです。これはコンピューターを使った打込みという単純なリズムの上にいろいろな音を組入れたものです。心がありません。音楽は芸術です。演奏者が幼少の頃から楽器を勉強し、テクニックを磨き、音による表現方法を考え自分の心を表現します。リスナーは音楽全体のサウンド(音色)から演奏者の心、作曲者の心を感じる、これが音楽の聞き方です。音楽を聞くのに理屈はいりません。聞いて心に感じるか感じないかのどちらかです。名曲とか、CD、レコードの名盤というのは多くの人達の心を捉えるからです。ではどういう音楽、どういうミュージシャンを聞けばいいのか、私の今まで聞いた中でこれはと思うミュージシャンを書き上げてみます。(これは私の好みです)

まず「ジャズ」です。筆頭はマイルス・ディビス、この人は50年代から80年代までのジャズの歴史そのものです。それから歴史の古い「スイングジャズ」デュークエリントン楽団、カウントベイシーオーケストラ「ビバップ」チャーリーパーカー、ディジーガレスビー等「ジャズボーカル」サラボーン、エラフィツ・ジェラルド、ルイアームストロング等です。「ジャズ系フュージョン」これは、スティーブガットかハービー・メイソンがドラムをたたいているのがおもしろいです。「レゲエ」は、ボブ・マレーを基本にピーター・ドッシュ、サード・ワールド等です。「ロック」これはアメリカとイギリスに分かれます。アメリカンロック、黒人では、プリンス、白人ではデープ・パープルやブルース・スプリングティーンなどで、イギリス、ブリティッシュロックは、ビートルズとローリングストーンズに代表されます。「ラテンロック」はサンタナ、「ラテン音楽」はチューチョ・バルデス率いるイラケレ、「ボサノバ」はアントニオカルロス・ジョビンの作曲したものがおすすめです。それとスペインには、アコースティックギターの最高峰パコ・デ・ルシアを聞いて下さい。最後に忘れてはならない人、クエンシー・ジョーンスのアレンジした音楽は最高です。音楽は癒しです。楽しい時に聞く音楽、寂しい時に聞く音楽、又恋人と一緒に聞く音楽などいろいろな音楽を選んで楽しんで下さい。大事なことを言い忘れていました。「ジャズ」を聞く時は酒を飲んでヨッパラッテ聞くのが最高。皆さん大いに音楽を楽しんで下さい。
2010年8月31日 by 神原


◆平成22年7月号
 7月は梅雨、紫陽花、W杯サッカー、参議選、局地的大雨、そして連日の猛暑、熱中症が多発し、老人の死亡者が多いのには人ごとではない。当文庫の事務室は冷房設備が完備しているが、館内は冷房設備はなく37度を超えている。夏休みで学生の来館を期待しているがこの状態では少ないのも頷ける。会員さんの「Yさんという79歳のおばあさん」の話が館長通信「番外編」として載っていますが、この暑さに負けず、本を読破しているとのこと、頭が下がります。私も館長のおすすめ本を少しずつ読んでおります。 宮台・福山共著「民主主義の一度もなかった国、日本」幻冬舎新書 は難しいところもあったが「政権交代」の何たるかを思い知らされました。年金暮しの1人として政治から目を背けるわけにはいきません。財政破綻する日本になっては欲しくないものです。言語力、読書力の衰退が精神文明の変質の要因の一つとされ2010年は「国民読書年」と決まった、、、、、新聞記事を目にしたが活字離れを憂い、本を読んでもらいたい一念で専称寺文庫を開いた館長の目的であるがPR不足なのか、専称寺文庫の「寺」という字句が忌み嫌われるのか、「寺」という敷居が高く感じられるのか、利用する人が一向に増えないのは残念である。館長と隆二さんのため息が1日もはやく解消し初期の目的を達するよう微力ながら協力したいと考える今日この頃である。
2010年7月31日 by 菊池


◆平成22年6月号
 私の家には沢山の若者が遊びに来ます。延べ人数で一ヶ月約五十人、一年間で約六百から六百五十人程来ます。若者達とある程度親しくなると必ず彼達の家へ遊びに行き、親に会ってきます。そこで感じる事は、この子はしっかりしていると思う若者の親は知的で特に母親が印象的で心優しい人が殆どです。それに対し、これはどうにもならないと思える若者の親は必ず変です。最近、日本人は一億総白痴化しつつあると言われております。(館長の受け売り※)結果、親がいろいろの物事の論理をわかっていないので子供を躾ける、教育するということができない。何も知らない親がどうやって自分の子供に物事の「是非」「善悪」を教えるのか。「是非」「善悪」のよくわからない若者が社会人になって世の中に出ていったらどういう事になるのか大人達は考えなければいけないと思います。実は分かっているような事を言っている私は、若い頃、今思い出しても本当にひどい生活をしていました。廻りの迷惑など考えず、本能のおもむくままやり放題クソガキが大人になっただけです。その結果、商売はだめになり借金は二億円、家族は離婚と散々でした。当たり前です。その後、自分は何かが間違っている、何が間違っているんだろうと考え始めました。それからは、本屋に行ってはいろいろな本を読み漁りました。各種ノウハウ本、宗教書を読みましたが、心に響いてきません。そんな時期に出会ったのが「論語」でした。目から鱗です。以降「大学」「中庸」「老子」「荘子」「陽明学」等、中国古典を読み、自分の欠点が解明できました。その後は若者達の悩み、友人達の揉め事の相談に答える為に、まず自分自身が勉強しなければならないとの思いから、色々な本を読んでいます。誤った事を教えるわけにいかないからです。「そうこう」を考えながら若者と色々会話しながら教えていくと、どうにもならないような若者が二年から三年ぐらい経つと素晴らしい若者に変っていきます。この事が現在の私の最高の道楽です。そういう訳で現在の「専称寺文庫」の日曜日担当は自分にとって最高の環境です。好きな本を読んで勉強できるし、館長であり哲学者である住職に解らない事を教えて頂けます。物事を正しく理解する為には知識人に教わるか、本を読んで知識を身につける以外は方法が無い様に思われます。各都市には必ず図書館があります。まずは自分の身の丈に合った本を見つけ、勉強して下さい。そして余裕があれば無知な若者に教えてあげて下さい。

※初出は四、五十年前、大宅壮一さんのことば。
2010年6月30日 by 神原


◆平成22年5月号
 5月は気候の不順な月であった。専称寺文庫室内の風景を紹介したいと思います。本棚は8列に並びビッシリの文庫本と新書本と単行本、玄関に入ると臼井吉見氏の「読書は自分さがしの旅である」の吊り板がぶら下がっている。読書室、きれいなトイレ、事務室。その事務室からは大きな声が聞こえて来る 館長と隆二さん(館長の兄さん)の二人の声である。かなり激しい討論になることが多い。図書館の運営についてが主であるが今日の政治のこと等小生は唯々、聞いている。油と水の仲ではなく、水と水の仲であるが、お互いの主張を述べて、ツバを吐きながら話し合える二人が羨ましく思ったりしている。    今や電子書籍の時代を迎えつつある現在であるが・・・・・・作家五木寛之さんはこの事を歓迎している様子、作家側、読者側からみれば、そうかもしれないが、いままで本に携わってきた者からすると混乱と不安の複雑な時代の到来でもある。出版各社の文庫本、新書本、35年間の長き期にわたり集めた研究者向けの専門書、画集など、美術関係書等・・・いい本が多く置かれている。この特色ある専称寺文庫の存在が早く拡がっていく事を願っている一人である。次の新しい企画へと模索はじめている様子。それは次回に。
2010年5月31日 by 菊池


◆平成22年4月号
 私は、「専称寺文庫」の日曜日を担当しております神原と申します。手伝いをするようになって一年半になりました。当文庫に来るようになって一番感動したのは、一個人の本の所蔵量と地方図書館には無い本の多い事でした。専称寺住職は以前、図書館の司書をなされていて、現在でも哲学を勉強されていると聞いております。
私は、読書が好きで特に「論語」「老子」「大学」等の中国の古典を中心に倫理に関する本、また自分の趣味である「JAZZ」「魚釣り」「食の文化」の本などを見つけると必ず読んでおります。いろいろな本を読むようになって「自分はいかに無知であったか。」痛感しております。政治、経済、教育、健康、宗教等、自分が知りたいと思って書棚を探すと必ず、これだと思う本に出会います。人間が生きてゆくなかで、いろいろな障害にぶち当たります。それは「無知」つまり物事の道理がわからないと言う事から起こります。皆様には、たくさんの本を読んで頂き、知識を身につけ、物事の道理を理解し、これからの人生を平穏無事に送って頂きたいと心より願っております
2010年4月30日 by 神原


◆平成22年3月号
 今回は当文庫の運営の現況についてお話しておきます。陣容は(専称寺住職兼務)遠藤館長(文庫長)、隆二、菊池親子、神原の5名です。火曜日定休日として、月、水、木、金は館長と隆二が担当し、土曜日は菊池親子、日曜日は神原が担当し運営しております。本の追加、新規購入は文庫長が担当し、会員の皆様からも少しずつ、この文庫に無くて「私が買い集めたものとして」数冊ずつ寄付して頂いております。
早春の候です。会社の人事異動、定年退職組の団塊の世代の方に、新入就職者の方に、中学、高校、大学の新入学生へと新入会を希望なさる機会でもある4月が目の前です。3月の新規入会者は5名ほどですが4月に期待したいところです。暖房も無く、机も椅子も無い書棚だらけの文庫室ではありますが、各出版社別発行番号順、著者別などわかりやすいように並べ替えに1年が過ぎております。パソコンで蔵書検索されて頂ければすぐにでも取得出来るよう、整備されております。気軽にお声をかけて頂ければ、読みたい本に辿りつくものと自負しております。スタッフ一同「年」はいや応なしに「老い」への道を辿りますが頑張っていきたいと考えております。館長便りにもありますように「35年間にもわたり買い集めた約13万冊の本が日の目を見る時が来たのだと」の思いで張り切っております。
2010年3月31日 by 菊池


◆平成22年2月号
 「国民読書年」にあたり、2月4日には茨城県立高校5校の教員(高校図書館担当=多くは教員兼任です)の皆さんが茨城県筑西中央図書館見学の帰りに当文庫に見学に観られた事について記しておきたいと思います。
いかに本に親しみ読書の大切さをアピールし、本を幅広く生徒たちが読書するにはどうすべきか、戦後六・三制の義務教育がしかれ、新憲法の下、民主主義が成熟しつつある現在の日本の社会を希望のもてる国創り、教育創りにかかせない「読書」の大切さを知ってもらいたいと考えるばかりですが、具体的にはどう指導していけば良いのかについては手さぐり状態であるとの意見でした。最後には予算が減るばかりで豊富な本が書棚におかれていない為、興味を誘う選択肢の少ない図書室であるとのこと。生徒の図書委員はいるのですが、彼ら自身が「こんな本を読みたい」とか「これは面白かった」とか読書の感動を味わう本に出合えないなどの意見が出ました。学校図書館の在り方などと大それた意見は持ち合わせておりません。当文庫は読書も「遊びの一種だ」ぐらいの気持ちで立ち寄っていただきたいものです。「そこに山があるから登るんだ」「ここに本があるから読むんだ」と言って欲しいものです。
2010年2月28日 by 隆二


◆平成22年1月号
 当館は、新館開館1周年を迎え利用者会員さん60名になりました。
「本を読もうという余裕がないせいか・・・」会員さんが思うほど増えないのには驚きを禁じ得ません。
無料貸し出し文庫として新館へ移動した本の冊数は4万冊を超えております。
文庫、新書が主体で第一次本棚設置計画としては「マズマズ」と自負しているものですが、
利用者が増えないことには留守番役の私としては、やり甲斐がないというものです。
改めてこの欄を借りて「専称寺文庫」ご利用の手引きをご紹介致します。
ご利用の手引き
1.当館は会員制無料私設図書館です。
1.当館は入館料、貸し出し料、会員費無料です。
1.貸し出し期間は文庫、新書に関して1冊は1ヶ月以内、3冊以上は2ヶ月間とします。
1.借りたい本が決まりましたら貸し出し台帳(受付にあり)に住所、氏名その他
  規定の事項を本人が記入します。この時点で会員となります。
1.貸し出し期間内に読了しなくても返本し、改めて貸し出し台帳に記入のこと。
1.返本期間がすぎても返本しないときは一日
  1冊につき10円づつかかりますのでご注意下さい。
1.返本の際は返本棚へ収めて下さい。
1.本を手元におきたい方は係員へお申し出下さい。お買い求めに応じます。
1.単行本(専門書が多い)に関してはその都度、係員にお申し付け下さい。
  高価で貴重な本の場合は保証金がいる場合があります。
  本は丁寧に扱い次の読者へ引継ぎましょう。
     専称寺文庫  〒308-0041茨城県筑西市乙623
         TEL&FAX0296−22−4881            http://park22wakwak.com/~sbunko/
 尚ホームページ上のインターネットによる専門書利用の会則とは若干異なります。
地域中心の無料貸し出しですのでインターネットによる遠方の人向けに、梱包や送る手続き
郵送料などは一切かけておりません。
私設ですので厳格な規則や返本期間も融通性を持たせております。
一年を振り返り感想を少々述べますと「どんな本を読んだら、今の私の人生上の悩みを解決出来るでしょうか」
との質問をなさる方が多いのには少々、手こずっております。
人生相談所ではなく、好きな本や知的好奇心を少しは満足して頂ければとの思いと、大げさな言葉を使えば
知的劣化状況を予防し文化度向上の一助となればとの館長の設立主旨に沿って運営している者として
本年度はもっと利用者の多くなる為の口こみによる宣伝に力を入れたいと思っております。
”こんな本を読んでは”と館長おすすめ本の棚も設けました。最近、出版された単行本も増えております。
郷土史の資料本も若干ですが旧館より移動し棚に並べてみました。
2010年1月31日 by 事務局


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