「目覚めよと呼ぶ声が聞こえる」のテーマ
エネルギーは光速の2乗に比例し、万有引力は距離の2乗に反比例している。人が重力を最大限に感じるのは、ジェットコースターに乗って真っ逆さまに落下する瞬間だ。この時、恐怖感だけでなく、男であれば蟻の門渡り付近がモゾモゾするような感触を覚えるに違いない。このモゾモゾ感はセックスの絶頂感に近いものだ。この蟻の門渡りは、「もともとは女性の生殖器を形成するミュラー管に由来しており、XY染色体が男性化を引き起こし女性器の割れ目を縫い合わせて、ウォルフ管に変化する際に作られた(*)」と言われている。つまり、人は重力によってセックスの絶頂感に近い感触を得るように作られているのだ。若い女性がジェットコースターに乗って「お漏らし」するのは、恐怖からではなく「予想外の快感」からなのだ。
闇の中で触れ合う男女の二つの粘膜は、互いに距離はゼロであり、光の存在しない闇の中で激しく感じ合い、最後は真っ逆さまに闇の中に落ちていく。この得たいの知れぬ力に引っ張られる刹那こそ、人が光速を超えて時間に逆行する「目覚める時」であり、神を感じる唯一の瞬間とも言える。あのアポロ宇宙飛行士たちが、帰還後、全く異なる人生(宗教家など)に転換したのは、無重力状態により「人間本来の在り方」、すなわち「神との遭遇」を果たしたからではないだろうか。
「神との接点」とも言える性行為により、「時間と空間を越えて引き継がれるもの」、遺伝子工学を超えた「親子の絆」、それが小説のテーマとなっている。
(*)参考文献
「できそこないの男たち」 福岡伸一著 光文社新書